少年と狡い大人



 本気で殴られたのは、初めてだった。

 10年前から飛ばされてきた獄寺は、ツナを守れなかった俺を渾身の力で殴った。避ける事も出来たが、俺は敢えて殴られるのを選んだ。自分の不甲斐なさを感じていたのは確かだし、獄寺も10年後の自分自身に腹を立てているのがわかっていたからだ。中学生の頃から知っているが、ケンカはしても不思議と殴り合いになったことはない。14歳の獄寺の拳は、思っていた以上に効いた。
 話も一段落し今後の行動が決まると、俺は切れて血の味がする口を漱ぐため、部屋を出た。コップに水を入れ、口に含んで吐き出すと、水が赤く染まっていた。
 ――思いっきりやられたなー。
 思わず口の端を上げて笑うと、ひきつるような痛みを感じて顔を顰めた。
「…った」
「…山本」
   ためらいがちな声に振り返ると、獄寺がうつむき加減に立っていた。見慣れた姿より、小さく細い。しかし、紛れもなく獄寺だった。
「その…」
「ん?どーしたんだよ、獄寺。すぐに移動を開始するぞ」
 あちこちにさ迷わせている目線は、決してこちらを見ようとしない。今よりも分かりやすいその姿に、内心笑みを浮かべた。
「あ…のな」
「…獄寺?」
「…いきなり、殴って…悪かった」
 ポツリと言うと、横を向いてしまう。今ではある意味素直に感情を出すようになったが、それはそれで手に終えなくなった感があるのだ。14歳とは言え、ためらいがちに言葉をつづるその姿は妙に新鮮だ。
「…ああ、効いたぜ」
 わざと大袈裟に笑って見せてから、顔を顰める。
 獄寺は俺のそんな様子を見て、心配そうな色を浮かべた。
「…そんなに切れたのか?」
「結構な」
「けっ、だらしねぇ」
「ひでぇなぁ。…ほら」
 唇を捲って見せると、眉間に皺を寄せながらも顔を近づけてくる。ざっくり切れたところは、おそらく腫れ上がっているだろう。
 綺麗な翠色の瞳が見開かれるのを間近に見て、俺はどこかで自分にスイッチが入る音を聞いてしまった。

 今よりも随分と丸みを帯びた頬を両手で包む。
「てめっ!…何をっ」
「…黙って」
 人差し指で両耳の後ろをくすぐると、首を竦めるのは今と変わらない仕草。柔らかい髪の毛に指を差込、額にキスをした。
「お…おいっ!」
「…黙ってて」
 髪の毛を漉いた後、首の後ろに指を滑らせる。右手だけ耳の下から顎のラインをなぞると、獄寺は肩を震わせた。瞼をぎゅっと閉じてしまったので、その翠色が見えなくなったが惜しい。
 左の頬を合わせると、その耳元に声を落とす。
「獄寺、目を開けて?」
 首を反らせようとするのを右手で柔らかく押さえ、その目元にキスを落とす。
 睫毛を震わせながらゆっくりと瞼を上げると、獄寺はどこか困ったように俺を見上げてきた。
 その表情を見て、俺は自分の行動に思わず苦笑を漏らした。
「……俺は大丈夫」
 ――お前は何も心配しなくても良い。
 大切なものを、二度となくしたりしない。ツナも、お前も絶対に守ってみせる。
 ――そうでないと、戻って来たお前にまた殴られるからな。
 俺は、切れていない方の唇の端を上げて、獄寺に笑って見せた。

「っざけんな!」
 真っ赤な顔で力一杯そう叫ぶと、獄寺は部屋を出て行ってしまった。
 その後姿を見送って、俺は思わず溜息をついてしまう。
「…やっばかったなー」
 可愛いらしい様子を見ていて、ついいつもの調子でキスするところだった。
 一緒に騒いで、戦って、背中を預けて…ただ一緒にいるだけで楽しかったあの頃から、その姿を独占したいと思い始めたのはいつ頃だっただろう。
「まあでも、あの獄寺は10年前の俺のものだからなぁ」
 笑いながらそう呟いてみたものの、いつまでもその誓いを続けていられる自信はほとんどなかった。

 ――ま、そのときはそのときだな。
 俺は、先に10年前の俺に謝っておく事にした。






この時の、14獄が24山を思いっきり殴ったのがかなりツボでした。
24山もだまって殴られるんですよ!しかも「すまない。」の一言だけなんて!!
本気でかなり萌えました。 /つねみ






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