続・漆黒



 眩しさを感じて薄目を開けると、白い天井がぼんやりと見えた。少し身体を動かすと、左肩に鈍痛を感じて顔をしかめる。
 ――ここはどこだ…。
「お、目が覚めたか、隼人」
 聞き慣れた声に首を巡らすと、よく知る顔が見えた。
「シャマルかよ…」
「いきなりご挨拶だな、おい。男なんか診ねぇのに、わざわざ治療してやったんだぜ?礼の一つくらい言ったってバチは当たらねーと思うが?」
「誰が…」
 言い返そうとシャマルを睨み付けたとき、何故か違和感を感じた。
「…あれ?」
「ガキ臭いお前は久しぶりだな、隼人」
 昨日も学校で見かけた姿より、落ち着きが増して知らない人間のようだ。よれよれの白衣だけが変わらない。
 だんだん意識がはっきりしてきた。
「あんた…もしかして…」
「漸くはっきりしたか。お前にとっては10年後の俺だよ」
「…ああ、通りで老けていると思った」
「可愛くねーガキだな」
 シャマルは口ほどは気にしていないらしく、白衣のポケットに両手を突っ込んで近づいてきた。
「全身打撲および全身に切創があって、さらに左肩は脱臼していた。利き腕じゃなくて良かったが、治ったら肩の筋肉つけろよ。 お前は両手使うからな。ま、2日も安静にしてりゃ動けるようになる」
 淡々と告げるシャマルを見上げ、獄寺は自分が何故怪我をしたのかを思い出した。
「シャマル、ここはあんたの病院か?」
「んあ?そんな上等なもんじゃねーよ。別荘だ」
 獄寺の眉間に深い皺が刻まれる。
「じゃあ、俺を連れてきたのは、誰なんだ?」
 シャマルは器用に片方の眉を上げ、肩をすくめた。
「その辺のところはヤツに聞いてくれ。念のため言っておくが、薬が効いているから、お前は起き上がれないからな」
 シャマルが身体を避けると、部屋の入り口に立つ、黒いスーツが見えた。
「…山本…てめえ!」
 唸るようにしぼりだした獄寺の声に、山本は少し辛そうに眉根を寄せた。

 シャマルと入れ替わりにゆっくりと近づいてくると、山本はベットのすぐ傍に置いてあった椅子に座った。気遣わしげに顔を覗き込まれ、獄寺は首を捻って顔を背けた。
「…すまなかったな、獄寺」
 自分の知る声よりも、太く低くなっている。出来れば布団を頭から被ってしまいたかったが、シャマルの言う通り身体を動かす事がままならない。
「俺は、敵じゃないんだ」
 獄寺は顔を背けたまま動かない。山本は両膝の上にそれぞれ肘をのせ、前かがみになって俯いた。
「10年後の今、ファミリーが危機的状況になっている。本部は壊滅状態になり、構成員もバラバラになっている」
「んな馬鹿な!?」
 山本の言葉に、思わず獄寺は振り返り目を瞠った。
「あんな巨大なファミリーが…そんな筈ない!」
「…本当なんだ。いち早くその動きを察知したが、雲雀は行方不明、骸は動けない。だから守護者のうち俺が敵方に寝返るフリをして潜入した。まあ、まだ信用されていないけどな」
「そん…な。」
「本部には獄寺と了平が詰めていた。本部襲撃の情報は俺には流されなかったが、直前で察知して知らせんだ」
「じゃあ、10代目は…なんで棺桶なんかに入っていたんだよ!!」
 山本は苦しそうに両手を握り締めた。
「確かな事はわかってない…ただ、不意打ちの敵襲だったにもかかわらず、ほぼ全員が逃げたらしい」
 ゆっくりと上げた瞳には、痛ましい色が見えた。
「おそらく、ツナがファミリーを守ったんだ」
「まさか、10代目は!?」
「いや、死んじゃいない。棺桶は目くらましだ。動けなくなったツナを獄寺と了平が運び出したんだ」
 獄寺は言葉を失って、ただ山本の黒い瞳を見返した。
「俺達は、ファミリーとボスを護るため、ツナと獄寺を10年前から呼んでしまった。そして、10年前に送ってしまった。それは決して許される事じゃないだろうな。そして、そうすることによって、何が起こるかは誰もわからないんだ」
 山本はゆっくりと手を伸ばすと、枕の上に散らばる獄寺の銀色の髪に触れる。獄寺には、その表情があまりにも哀しいものに見えた。
「俺が獄寺に話せるのはここまでだ」
「…なんでだよ。全部話せよ。敵のことも、これからの作戦も」
 山本は、切なそうに笑う。獄寺の知る山本は、こんな表情を見せた事がなかった。
「過去の人間は未来を知ってはいけない。同じように未来の人間は過去を変えてはいけないんだ」
「……それじゃあ、過去に行った俺のする事は、許されないことじゃないのか?」
 山本は目を見開いた。その表情を見て、獄寺は嫌な想像が当たった事を知る。

 獄寺は動きの鈍い右手を持ち上げ、山本に伸ばす。かすかに頬に触れると、山本の大きな手に包まれた。
「参ったな…獄寺は昔から勘が良かったから」
「…馬鹿だ。お前も…俺も」
 10年後の獄寺は何が起こるかわからないのに、過去で未来を変えようとしているのだろう。
 ――その結果、二度と山本に会えなくなったとしても。
 力の入らない獄寺の指がもどかしそうに動く。山本はその指をとって、唇を寄せた。






前回書いた妄想話「漆黒」の続きをそそのかされて書きました(笑。
それなので本誌の展開は完全無視となっております。 /つねみ






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