childfood's end



 広大な屋敷の中、目指す部屋は幾重ものゲートで護られている筈だけど、「自分の家だと思ってゆっくりしてよ」と彼が告げた言葉の通り、足早な歩調を妨げるものは何もなく、広いホールに敷き詰められた毛足の長い絨毯は、いつもより高めのヒールをぶつけるように歩く足音を柔らかく包み込んだ。
 長い廊下の先、彼の部屋に辿り着く頃には、その心地良さにふわふわと踊るような足取りだったけど、重厚な扉まであと五メートル、でヒールをかつん、と大きく鳴らすとクイックステップで1、2、3、と。
「ツナさん!」
 ばたん、と開いた扉の向こう、デスクにうず高く積み上げられた書類の影に見え隠れする茶色味がかった髪がふわふわと揺れる。
「お帰り、イーピン」
 目を閉じてその声を聞くと、まるで並盛の家にいるみたいな気持ちになる。奈々ママの作るご飯の匂いまでしてきそう。あの頃から少しも変わらない、やさしいこえ。
 ふにゃりと小さな女の子に戻ってしまいそうになる気持ちを叱責してソファの肘掛に腰を落とすと、ワンピースの裾をひらりと揺らして足を組んだ。
「……喧嘩、したの?」
 ペンを机に置いて首を傾げるツナさんは、全部判ってるよ、って顔で笑いかけてくる。それが嬉しくて、ちょっと悔しい。宙に浮いた足先をゆらゆら揺らすと、するりと抜けたパンプスが絨毯の上に転がった。
「折角おめかしして行ったのにね」
 似合ってるよ、とちょっと恥ずかしそうに囁いてくれるツナさんの声に、ほんのりと赤くなった顔を隠すように俯いてみせる。とっておきのワンピースを褒めてもらえて嬉しいけれど、本当に本当に嬉しいんだけど…。
「でも…全然気づいてくれないんだもん」
 なかなか逢えないから、一緒にいる時はいつでも笑って優しい女の子でいたいのに。些細な事で喧嘩なんかしたくないのに。
「うーん…それはオレも許せないなあ」
 デスクを回り込んでソファに歩み寄るツナさんの体温がはっきりと感じられる程近くなる。その手に灯す炎がなくても、いつでもあたたかい掌がぽん、と頭に載せられた。
「可愛いイーピンを泣かせるようなオトコは、オレも許せない」
 じんわりと伝わるあたたかさに目の奥が熱く滲む。涙なんか見せたくない、と思う人が一番泣かせるなんて、小さな女の子だった頃には思いもしなかったのに。

 小さな頃、泣くのはいつもランボの役だった。
『ランボ、泣いちゃ駄目!』
 泣いて愚図って困らせるランボを、叱って宥めて慰めるのが私の役目。
『イーピンちゃんは良い子ね』
 そう褒められて、嬉しくて誇らしかったけど。
『ほら、ランボ。もう泣きやめって』
 本当は、私も優しく抱き締めて頭を撫でてほしかったのに。

『いつまでも泣いてないで…』
 あれはいつの事だったんだろう。理由は何だったのか覚えていないけど、泣き続ける私の頬をやさしく撫でてくれた掌のあたたかさだけははっきりと覚えている。

「…気が済むまで泣いて良いよ」
 今日のところはオレで我慢してよ、と困ったように笑うツナさんの腕に引き寄せられて頭を撫でられて、小さな女の子のふりでその胸元にしがみついた。






ツナ+ランボ・イーピンは、いつまでも兄弟・妹みたいなんだろうなあ、と。
オトナになっても、ツナおにーちゃんには素直に甘えるイーピンだと良いよ!/わんこ






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