disperso/行方不明者



 十一月の声が聞こえてすぐ。紅葉を迎え落ち葉を踏むかさかさと乾いた音が耳に心地よい。それをB.G.M.に雲雀恭弥は昼寝を貪っていた。
 先週までヴァリアーとのボンゴレリング争奪戦の戦場でボロボロになっていた並盛中学校は、赤ん坊との約束通り着々と復旧していたが、復元し終わるその前に、リボーンと沢田、後で判ったことだが獄寺が姿を消していた。場所は何れも沢田家の近所。物的証拠は何も残っていなかった。浮き足立つ委員達を噛み殺した雲雀は「三人と山本までなら赤ん坊の考えの範囲だろうから大騒ぎする必要は無い」と草壁に話していた。
 その言葉が予言だったように、数日後、追って山本も姿を消した。そこまでは雲雀の想定内だった。
 ところが山本がいなくなると同時にランボ、イーピン、笹川京子、三浦ハルまでが行方不明になっていたことがわかった。気をまわした草壁が隣町の黒曜ランドまで調査の輪を広げたところ、草壁達が踏み込む直前に柿島千種と城島犬が逃げる姿は見たものの、凪は確認できなかった。
 行方をくらませた人物の共通項はリングの守護者とその関係者。
 ならば、自分もそして笹川了平はどうして消えないのか。守護者以外の人間が三人も消えているというのに。 「ひぃばりーっ!!」
 けたたましく廊下を走る音が続き、終着点である応接室のドアを壊れるほどの勢いで開ける男がいた。
 自他共に認める天上天下唯我独尊の権化である雲雀恭弥の常駐場所でありなおかつ昼寝中という二重の緊急を強いられていた委員達は、笹川了平の突進を阻むことができず、雲雀からの叱責に備えて体の力が入った。彼らの為に言うと、並盛中でこの応接室に突進なんてする輩なんて元々想定していないのだ。恐怖に戦く背景に構わず了平は応接室を一瞥して目的の人物へと突き進む。
「起きんかーっ!!」
 返事代わりのトンファーが投げられるも、わずかに顔を動かして避け、雲雀の肩を掴もうと伸ばした両手が今度こそ鋼鉄の棒に遮られた。
「京子がいなくなってもう一週間だぞ!貴様はなんでそうのうのうと寝ていられるのだ」
「僕には関係ないからね。――前から言おうと思っていたけど、きみの髪、脱色しているの?」
 透明度を増したように感じられるのは、騒動が全く起きていないからか季節柄なのか、秋の短い午後に、外から入り込む光の中、了平の短く揃えた白髪の縁が透けて見えた。
「違うぞ!これは生まれつきだぞ!」
 行方不明の妹は栗色だったような気がする。
「そう。もし脱色していたら校則違反で噛み殺す筈だったのに、残念」
 ヒバリ、ヒバリ♪とかわいらしい声で黄色いひよこのような鳥が雲雀の肩に降りてくる。
「む。そうか空を飛んでいるなら京子の行方を知っているかもしれないな。鳥!京子の行方を知らんか!?」
 雲雀のトンファーも間に合わなかった。テーピングをした両の拳でヒバードを包んで問うが、がおうと吠えた動物のような了平に怯えた鳴き声を返すばかりだった。
「そうか、知らんのか!」
 ぴよぴよと雲雀のポケットに頭から隠れるが、黄色いおしりが全く隠れられず、雲雀は指先でそっと押し込んだ。
「勝手に触らないでくれる?」
 珍しく雲雀がすねた口調をしたことに、背景が固まる。が了平は全く構わない。
「すまなかったぞ!今日はどこを探すのだ!」
「君と探すなんて一言も約束していない」
「駅周辺とか交通機関か」
「勝手にしなよ」
 同い年というだけでない。他生徒のように自分を畏れないこの男はどうしても雲雀は自分のペースに持ち込めなかった。愚直でまっすぐな彼の精神は誰からも犯されない。恐怖という媒体で自分を見ない男は彼自身を苛立たせず、反対に了平の領域に引きずり込まれそうになる。
 現に、雲雀は立ち上がっていた。闘う相手が存在しない昼寝の後に立ち上がるなんて、草壁は必死で奥歯を噛みしめた。少しでも笑いの形に筋肉を動かしたならば即座に鉄拳制裁が下される。
「駅もその他の交通機関、並盛に出入りする場所。全て風紀委員で抑えている。これ以上の流出はないよ」
 ――“実際に移動”してたのであればね。
 雲雀は言葉にはしなかった。
「では、我々はどうするのだ?」
「君は」と力を込める。「いつも通り、ボクシングをすればいい」
「む。トレーニングはしているが、それじゃ京子は出て来ないぞ」
「考えたくないし、認めたくないけれど、あの忌々しい指輪が関係してきていると思う」
「そういえば、おまえはあれをどうしたのだ?」
 了平は首に巻いたチェーンの先に、指輪をぶら下げていた。
「知らない。きみ、過多な装飾品は校則違反だよ」
 「師匠にこうやって持っておけと言われたんだ」という了平の言葉を殆ど流しながら、大型のデスクの一番上の引き出しを開ければ、文房具と一緒に重厚な指輪が置いてあった。草壁が頭を下げる。雲雀は指先で指輪を掬いあげると、窓を開けた。
「雲雀。何が起こっているのかお前なら知っているのだろう?」
 ぷいと雲雀は横顔を見せる。雲雀!!と怒鳴る了平なんてどこ吹く風だ。
「何でも知っているよ。並盛で起こることはね。だけど、赤ん坊が関係していることは正直」
 続く言葉は了平の耳には届かなかった。
 窓からの乾いた空気が二人の髪の毛と雲雀の学ランをそよがせた。部屋の中で渦巻いて、そしてまた窓から出て行く。
「僕らももしかしたらここから消えるかも知れない。そのときまで君はボクシングをしていればいい」
「お前はどうするのだ?」
「並盛を取り締まるまでだよ」
 当たり前だろう?と普段通りの背中で雲雀は応えた。
「きみはあの草食動物の心配はしないの?」
「沢田か?あいつなら極限大丈夫だ!」
「きみの妹が傍にたら?」
「じゃあ大丈夫だな!わかった、オレは部活に戻るぞ。どこかに行く時は声をかけてくれよな!」
 登場と同じく、けたたましく走り去る了平の足音を聞きながら雲雀は校庭を見下ろす。
 彼の目にも校舎の本来の形は見えない。けれど、確実に壊れている部分はあるのだ。学校を取り囲むように配置された幻覚者達の力によって護られた砂上の平和。
 自分の力が及ばないことと、幻という単語への嫌悪にギリと奥歯を知れず噛む。トンファーを握る両の手に力をこめて、この状態の原因を作った奴にどう報復してやろうかと、考えた。






十年後の上級生二人の関係がすごく好きです。お互い認めているのと、雲雀が了平は自分のテリトリーに入ってくるのを仕方なく許しているところとか。まぁ中学生の二人なんてもっとはっちゃけているんですけどね!了平なんて日本五周しているし!
だい。/20080826






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