君が、嘘を、ついた



 腕の中でもがく細い体は、十年前から山本が欲して止まないものだった。

「離せ…っ」
 確かにその頃から体格も腕力も獄寺に勝っていたと思うが、更に十年分の成長というハンデが加算された今、あれほど恋焦がれてそれでも一度たりとも触れる事の叶わなかった体を封じるのはあまりに容易く、その呆気なさに山本は哀しみさえ覚えた。
「てめえ…っ、どーゆーつもり、だっ」
 誰よりも傍にいたから、獄寺の攻撃パターンは見切っていた。ミニボムもあまり得意ではない体術も扱えないように腕ごときつく抱き込むと、スーツの胸元に顔を押し付けられた獄寺が苦しげに呻いた。
 優しい指先も、甘い言葉も、何ひとつ与えられないけれど…。
「なあ…いー加減判ってくれよ」
 屈み込んで、身長差の分だけ遠くなった耳元に唇を近づけて囁きかける。意図的に吐き出した呼気に曝され、瞬時に真っ赤に染まった首筋が愛しくて、募る哀しみは増すばかりだった。
「嘘、だっ。そんな、の…」
「……嘘じゃねえよ…最初にオレを誘ったのはお前だったんだぜ?」
 抱いてくれ、ってな。
 吐息交じりに注ぎ込んだ声に、足元から崩れ落ちそうになる獄寺の体を抱き竦めた。


 十年前からやってきた十四歳の獄寺隼人に、たったひとつだけ、嘘をついた。

 十年前からずっと、獄寺は綱吉の事だけを見ていた。そして、山本はずっとそんな獄寺を見つめ続けていた。
 綱吉を間に挟んだ、一見するとただの友人関係にも思える歪な三角形は、十年経っても何ひとつ変わっていなかった。
 そして、獄寺も綱吉もいない今、十年後の三人を知るのは山本だけだった。


 抵抗する力も失ったのか、引き寄せられるまま胸元に凭れ掛かる体を片腕で支えながら獄寺の頬を撫でると、びくり、と怯えるように小さく肩が震えた。俯いたままの表情は額に落ちかかる銀髪に隠されて見えなかったが、その目は失望に彩られているに違いなかった…あんなに愛した綱吉ではなく山本を選んだのだという十年後の自分を呪い、絶望したのかもしれない。
 こんな酷い嘘、許される訳ないと判っている。きっと、いつか報いを受ける。
 それでも、今だけ…せめて、今だけは。
「獄寺…」
 そっと前髪をかき上げて獄寺の表情を伺うと、湿り気を帯びた長い睫が揺れて、現れた瞳の無防備さに胸が痛んだ。
「う、そだ…オレ、が…んな事、いうわけ…」
 それでも尚、嗚咽交じりに搾り出される頑なな声に綱吉への思いの深さを感じて、今にも暴走しそうな激情を腕の中の獄寺ごと抱え込んで堪えた。
――本当に、このまま抱いてしまおうか?
 一度だけでも手に入るのならば、どんな罰を受けても構わない。 

 肉付きの薄い背中を撫で下ろした掌を上着の中に忍び込ませようとした時、獄寺の頬をころん、と雫が滑り落ちた。
「ごめん…山本、ごめん…」
 十年共にいて初めて目にした涙を惜しげもなく零しながら必死に謝罪の言葉を繰り返す獄寺の頭を抱えて、宥めるように背中をぽんぽんと叩くと、山本の背中に回った獄寺の両腕に力がこもった。
「オレ、のせいで…剛まで…」
「……お前の所為じゃないだろ」
 父親の死を悼む獄寺の声に寧ろ癒される思いで柔らかく髪を漉くが、すがりつく力を強めた獄寺は罪に怯えるように頭を振り、山本の腕の中で懺悔の言葉を吐き出した。
「お前をこんな世界に、巻き込みたくなかったのに…だから、絶対に言わないって、決めてたのに…」
 生涯かけて、たったひとつだけの嘘を、つきとおすと決めたのに…。
 獄寺の唇からぽろぽろと零れ落ちる言葉に、山本の瞳が次第に見開かれていく。

「お前を、好きになって、ごめん…」
 消え入りそうな声で囁かれた十年越しの告白に、山本の頭は真っ白になった。 


「ちょ……っ!ご、獄寺!今のもいっかい!」
 声が裏返る勢いで荒げた口調は馴染み深い十四歳の頃と変わりなく、その声に、ぴたり、と動きを止めた獄寺の身を引き剥がして顔を覗き込んでくる表情からも先刻までの憂色や酷薄さはすっかり消え去っていた。
「ちょっと待って……えええっ!?何だよ、ソレ!………お前、もしかして…」

 十年前から、オレの事、好きだったの?

 首を傾げてどこかズレた問いかけをしてくるその仕草さえも、中学生の頃から何ひとつ変わっていなかったが、それを懐かしむ間もなく呆気に取られて涙も乾いた獄寺は、明晰過ぎる理性が弾き出した結末に瞬時にして体中の血液を沸騰させた。
「……てんめええええっ!やっぱりウソだったのかよっ!」
 首筋までも触れば血が噴出しそうな程真っ赤に染めて暴れ出す獄寺を、先刻と同じように強引に抱き込む山本の表情は一転して喜色に溢れ、「離せバカっ!この大嘘つき!信じらんねえっ!」と獄寺の罵声にもその手を緩める事はなかった。
「てめえなんかっ、だいっきらいだっ!」
 目尻に涙を浮かべて叫ぶ獄寺の顔をうっとりと見下ろし、胸倉に叩きつけられた拳を握り込んで逸る胸の上にあてる。もしも、今はここにいない二十四歳の獄寺も十年間嘘を抱え続けてきたというのなら、十年間ずっと傍にいたのに些細な嘘を見抜けなかった、獄寺にこの思いを伝えようとしなかった自分にもきっと罪がある。
 十年分の嘘と沈黙の代償に、この心臓を差し出しても構わないから…。
「十年前から、ずっとずっと、愛してるよ、獄寺」
 なあ、あと何年、愛を囁き続ければ、信じてくれる?
 熟れた耳朶に唇を触れさせたまま囁くと、恨みがましい目でじろりと睨み上げて、
「…言う相手、間違ってるだろ…てか、お前みてーな嘘つき、一生信じてやんねーよ」
 ざまあみろ、と吐き捨てて額を山本の胸元にぶつけるように顔を伏せるが、そんな悪態までも愛おしくてたまらない。
「じゃあ、あいつが戻ってきたら、一生かけて口説いてやるからな…お前も、覚悟しとけよ」
 オレが十四の頃からしつこいって、お前だってよく知ってるだろ?
 落とした声に、腕の中の体が炎を帯びるように熱を発する。その心地良さに目を閉じて、銀髪に顔を埋めた。






例えごっくんが嘘ついても、それでももっさんは変わらないんだろうなあ…という妄想でひとつお願いします(汗)
タイトルは往年(爆)の名曲からいただきました!
20080608 わんこ






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