長い1日の終わり



長い1日が終わろうとしていた。


 未だ目覚めないラル・ミルチは医務室として準備されている部屋に運ばれ、ツナはリボーンと共に既に出来上がっているらしいボス専用の部屋に消えた。
 そして、獄寺は山本に連れられて、守護者に宛がわれているという部屋に向かっていた。
 恐らく様々な仕掛けを施しているのであろう、無機質な表情を見せる長い廊下を歩く間、獄寺は黙って先を歩く山本の背中を睨みつけていた。
「ここだ…バスもトイレも使える筈だから」
 ドアの外に立ったまま獄寺を促す山本を見上げて、獄寺はやっと口を開いた。
「…お前に聞きたい事がある」
 獄寺がそう言う事を予想していたのか、山本は表情を変えずにちらりと天井の隅に視線を送る。その先に監視カメラを認めて、獄寺は小さく舌打ちした。
「外でしたい話じゃねえ…入れよ」

 部屋の中はビジネスホテル並みの広さと設備が整えられていたが、閉ざされたドアの横の壁に寄りかかったまま山本は腕を組んでゆっくり息を吐き出した。
「…何が聞きたい?」
 山本に背中を向けたまま、獄寺は感情を押し殺した声を絞り出した。
「お前も…ボンゴレにいるんだな?」
「ああ」
 短い返事を聞きながら、どれだけ戦闘に巻き込まれても状況を理解せずに「マフィアごっこ」だと笑い飛ばしていた14歳の山本を思い出した。
「オレは…オレはどうなってる?」
「そっか。ツナは逢ったって言ってたけど、お前は入れ替わりだもんな…ツナの右腕として頑張ってるぜ」
『この10年間 おまえはそりゃーすごかったんだぜツナ!!』
『お前が作らせたんだぜ』
 どこか誇らしげに告げた声音と違ってやけに無表情に聞こえる声に、掌を握り込む…10年前の世界で最後に山本に逢ってから二日と経っていない筈なのに、いつも『10代目の右腕に!』と意気込んでいた自分に茶化すように触れてきたあの指が、酷く遠くに感じた。

 14歳の自分に10年という時の長さを想像するのは難しかったが、何もかもが変わってしまうには十分な長さだとは理解していた。
 揺ぎ無いと信じていたボンゴレの状況、SF映画にでも出てくるようなアジト…そして、後ろに立つ男。
 飄々とした口調は相変わらずだし、精悍になった顔貌にも面影は濃く残っているが…。
 (流石に、10年もあんな馬鹿な事やってる筈ないよな…)
 14歳の山本はそれなりに真剣だったのだろうが、所詮、仔犬が意味もなくじゃれ合うような行為に過ぎないのだと、いつしか思い至ったのだろう…ならば、恐らく10年前の世界に飛ばされて、もしかしたら14歳の山本と逢ったかもしれない24歳の自分は、今何を思っているのか。
 (こいつみたいに、何もなかったような目で山本を見るのか…)

 その時、胸底を焼いたのは恐らく自分自身に対する怒りだったのに、ぶつける先を持たないそれは拳となって再び後ろに立つ男に向かった。無言で叩き出した拳を片手で難なく止められてしまい、ぎり、と歯噛みしながら睨み上げると、掴まれた拳を引き寄せられてしまい、顔ごと着崩したスーツの胸元に倒れ込んだ。
「てめえ…っ」
「…綺麗になった」
 頭上で聞こえた声に振り仰ぐと、いつもより高い位置から見下ろす山本の表情に息を呑んだ。
 (なんて顔しやがるんだ…)
「獄寺は綺麗になった…背もちゃんと伸びてるから安心しろよ。相変わらず細いけどな」
 見慣れないリングを嵌めた右手が髪に触れて、ゆっくりと首筋に当てられた。
「髪は、今はこれよりも短いな。首も、肩も、腕も…こんなに細かったんだな」
 確かめるようにゆっくりと触れては離れていく掌が手首に辿り着いた。持ち上げられた指先に触れた唇から「火薬の匂いがする…相変わらずだな」と囁きが漏れた。
「…そりゃそーだ。10年ごときで変わってたまるかよ」
 振り払った両腕で襟元を掴んで山本を引き寄せると、顎に走っている傷跡らしきものに舌を這わせた。舌先に感じるざらつきは14歳の山本にはなかったもので、コイツも髭が生えたりすんのか、と妙に冷静に考えながら身を離した。
「ごっ、ごくでらっ!?」
 慌てたように上ずった声を上げる山本の表情に、獄寺は満足げににやりと笑うと、
「無駄にデカくなってんじゃねーよ。めんどくせーな」
 精一杯伸び上がって血の乾いた口端を舐め上げると、変わらない髪の感触を堪能するように両手を髪に差し込んだ。






10年で変わるもの変わらないもの。
そして、24歳も余裕?に見えて、実はあれこれ思うトコロがあったりなかったり…ご愁傷様?(苦笑)/わんこ






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