THE Magic



 ディーノは冷たい風に目を覚ました。脳天に炸裂したトンファーを弄んでいるうちにいつのまにか寝てしまっていたようだ。肩を貸してくれていたロマーリオに悪いと呟いてうーん、と伸びをする。夕焼けはいつのまにか宵闇に変わっていた。
「まだ寝ているのか?」
「ボスと一緒で運動した後だからな」
「恭弥には運動にもなりゃしないさ」
 雲雀が昼寝をする給水塔の梯子をスルスルと昇っていく、その途中でディーノが足を止めた。下から煙草を吹かして見送っていたロマーリオは暗さに様子が見えなかった。
「どうしたボス?」
「恭弥!」
 ディーノはロマーリオに答えず、給水塔によじ登った。
「恭弥!!恭弥!!どうして!?」
 寒さなんてどこ吹く風で寝ているはずの雲雀は血まみれだった。その血は給水塔の上部はおろか梯子まで流れていた。汚れるのを構わず、ディーノは抱き寄せてまだ心臓が動いていることを確認する。雲雀には傷一つ負わせなかったのに!どうして!訳がわからずにディーノは声を上げる。
「ボス!どうした!ボス!」
「恭弥が!恭弥が!ロマーリオ、すぐ救急車を!」
「……落ち着きなよ」
 血まみれの雲雀がパニックを起こすディーノの袖を引いた。
「良かった!オレがわかるか?」
「へたれな跳ね馬」
「それだけ言えれば完璧だ!すぐ病院に運ぶからな」
「待ってって、聞こえないの?」
 雲雀はディーノの首根っこを掴んで引き寄せる。
「このままじゃ失血死だぞ」
「黙れ、バカ馬」
 血臭に惑わされていたディーノは抱き寄せられて初めて、その強さと体の大きさに気付いた。自分より一回り小さかった少年は、寝ている間に自分と同等に育っていた。
 切れ長の眸は笑いを含み、戸惑うディーノをからかうように鼻でキスをするかのようにこすりつける。さっきの恭弥が育ったらこんな感じになるんだろうな、というディーノの予想通りの無駄なものをそげ落とした雲雀の顔中は、残念なぐらい切り傷に覆われていた。服もあちらこちらが破られ、鮮血に染まっている。まるで、赤のペンキをぶちまけたような服を着ているかのように。
「寝る子は育つって言うけど育ち過ぎじゃねーか?」
 雲雀はボア付きのジャケットの背中を掴んでディーノを後ろに引き倒した。
「恭弥!」
「騒々しい。切り傷が多いだけで、傷自体はたいしたことない」
「ボス!!」
 ロマーリオの焦れた声がした。
「救急車はいらない。草壁呼んできてくれれば」
「オレがいるのに!?」
「アホ馬よりは役に立つ」
「ひでぇな!――ロマーリオ!救急車は止めだ、あそこ(病院)に連絡してくれ。恭弥を連れていく。――動けるか?恭弥!?」
 ディーノの両腕に抱き寄せられ目を閉じる雲雀に慌てて声をかける。
「部下(ロマーリオ)がいないんだから動くんじゃないよ」
 甘い響きさえ含んだ声で雲雀はディーノを諫める。
 これじゃまるで子供扱いだ!とディーノは腕に力をこめると、座ったままなのに、雲雀の血糊で滑りそうになる。
「言っとくけど、僕は今のあなたより年上だからね。年上風なんて吹かさないことだよ」
「あ、もしかして10年後?」
 ジロと雲雀が横目で睨む。今頃気付くなんてほんとに貴方は、という詰りが空耳でディーノに届く。
「だって10年後の雲雀ってまるで魔法みた…い」
 リングの炎を“魔法”と呼ぶ雲雀を思い出す。やっとそのことに思い当たったディーノは血の気が引いた。雲雀を抱く手に知らず力が入った。
「僕を、誰だと思ってる」
 10年後の雲雀は、10年前の自分を、ボンゴレリングを持つ自分を侮るディーノを睨む。
「匣の開け方もまだだったんだぜ。昼寝から起きたらってお前寝るから!」
「ここに僕がいるのがその証明だよ。それにもう、5分たった」
「10年バズーカじゃねぇの?」
「この魔法は僕にも解けないよ。僕が知っているのはこの日、この時間に入れ替わるだけ――」
 そこまで言って雲雀は血が流れ続ける頬を緩ませた。何かを思いだ出したように、可笑しそうに声を出さずに笑った。
「――『オレを倒したい気持ちをリングに集中しろ』って。名言にしなよ」
 ディーノはつい先ほどの自分の台詞を繰り返す雲雀が、あの雲雀の未来だと理解した。からかわれているとわかっても、笑う雲雀を前にすると怒る気にもなれない。
「ボス!ストレッチャーの準備もできたぜ!」
「わかった!――雲雀、今のお前のサイズは草壁には運べないぜ、それを証明してやる」
「ワオ、マフィアのボスが中学生に張り合うのかい?大人げないね」
 揶揄しながらも雲雀はディーノの背中にしょわれて、力なく揺られるがまま、夜目にも鮮やかな金髪に唇を寄せた。
 梯子を慎重に降りるディーノは、見えていない筈なのにその瞬間に雲雀に声をかける。
「未来について教えてくれ」
「知ってどうするの?未来に先手を打つの?」
「お前みたいにツナ達が大怪我して戻ってくる可能性があるなら準備が必要だ」
 雲雀は大袈裟にため息をつき、呆れたポーカーフェイスで誤魔化した。
「10年後のあなたは今と全く変わらない、お人好しのへたれだよ」
「そんなことは知りたくねぇっ!!大体、人間10年やそこらで変わらねぇよ」
 ディーノの背中からストレッチャーへとゆっくり雲雀は移された。その向こう側で、ロマーリオが誘導するヘリが屋上へと舞い降りる。至近距離の暴風に煽られないようにディーノは雲雀の体をシーツごしに押さえた。ディーノも雲雀の血を全身に浴びていたが、濡れていない手の甲で雲雀の顔の血を拭う。
「前言撤回。10年で結構変わるもんだな」
 爆音の中、ディーノの声はまっすぐ雲雀の耳に届いた。
 無言の視線が絡み合い、雲雀はディーノの白い頬に血の跡をつけて引き寄せた。






きっかけは十年後ディーノだったと思います。とにかくディノヒバじゃなくて、二人を書きたくて仕方がなかった2008年の秋。ごーごー燃え盛っております。「むかつき」がかわいかった。
だい。/20090917






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