ツナと獄寺を部屋に案内すると、自分が使っている部屋に向かう。明日から守護者を探す仕事があるのだから、休息は取れるときに取らなければならない。
 頭では解っていても、きっと眠れないのはわかっていた。

あの日から、ほとんど眠れていないのだから。

 白蘭による最初のボンゴレ狩りは、迅速に、用意周到に行われた。しばらく並盛町を離れていた山本は、駆けつけるのが1日遅くなった…その一日が取り返しのつかない時間というのは、すぐに思い知ることになった。山本は自分の父親の死を知ったのだ。

シャワーを浴びてTシャツとジャージに着替えると、すぐにベッドに横になる。白い天井を見上げ、長く息を吐き出した。
 怖くて目を閉じる事が出来ない。何の夢を見るのか怖くて仕方がない。昔の夢を見るのも、三日前の出来事を夢に見るのもどちらも怖いのだ。前者は現在とのギャップに打ちのめされそうで、後者は目を反らすことの出来ない深い闇が見えそうで。
 山本はただ天井を見上げ、自分の弱さを嘲笑った。
暫くして、何処かでドアを開ける音がした。極力足音を立てないようにしているのだろうか――ゆっくりと歩いて来る。その足音が山本の部屋の前で止まった。
 気配を殺し、ドアの前に立っているようだ。山本はゆっくりと起き上がると、静かにドアを開ける。
 驚いたのか肩をピクリと震わせたが、獄寺が真っ直ぐに山本を見上げてきた。

「獄寺?ちゃんと寝ないと、明日からキツいだろ?」
ドアを大きく開けると、獄寺は目線を反らし黙って部屋に入って来た。
「ツナは寝たのか?」
「……ああ。」
 短く答えると、部屋の真ん中で立ち止まる。躊躇いがちの答に、ツナも眠れないのだろうと思った。獄寺も眠っていた様子はない。
 自分が見慣れている高さより低い位置にある肩に、手を伸ばしたい衝動に駆られる。しかし、それを強く拳を握ることでやり過ごした。
「…座れよ。」
「え?」
「自分の方が高いからって、人の事見下ろしてんじゃねーよ。」
 ほら。――獄寺はそう言うと、山本の手を掴んでベッドに座らせた。急な展開に驚いた山本は大人しくベッドに座る。獄寺は、山本の手を掴んだまま俯いてしまった。
 山本は目の前に立つ獄寺を見上げた。
 細くて癖のないシルバーの髪も、それと同じ色をした睫毛も、すべらかな白い頬も、今は翳っている翠色の瞳も、いつも自分の傍にいる彼と同じもののはずなのに、触れてはならないものに思えて仕方がない。
――俺にとって、隼人は背中を預けて並び立つ人、ここにいる獄寺は守るべき者、なのかも。
 だから、何も知らない獄寺には触れる事が出来ない。この頃の俺は、ただ一緒にいるだけで良かったのだ。
 山本は、目線を下に落とした。

 視界の中にある獄寺の足が動くのが見えた。おや?と思って顔を上げると、獄寺が山本の首に手を回して、抱きしめてきた。背の高さの関係で、丁度胸のあたりに山本の頭を抱きこむ形になる。
「ご、獄寺?」
「…うるさい。」
「どうした?」
「うるさいって言ってんだろ!黙ってろ!」
 獄寺に怒鳴られて、とりあえず山本は黙りこむ。腕に引き寄せられる形で、額を獄寺の胸に押し当てているので、呼吸で胸が上下するのがわかる。そのリズムが一定でないことに、山本はすぐに気が付いた。回された腕も、微かに震えている。
 声を殺して、獄寺は泣いているのだ。
 山本は急に自分の胸が苦しくなるのを感じた。咽喉の奥が詰まって息苦しくなる。
「…獄寺。」
「…っ、るさ…」
自分の頭を抱きかかえていていた震える腕を取り、顔を背けようとするのを無理矢理額を合わせる。瞼を閉じた獄寺はそれでも声を殺して涙を流していた。その姿があまりにも辛そうで、山本はどうしていいかわからない。
「泣かないで。」
頬を流れる涙に唇を近づける。獄寺は頭を振ってそれを避けた。
「…違う、だろ。」
「え?」
「そうじゃないだろ!なんでお前が泣かないんだよ!!」
山本に両手を掴まれた獄寺が俯くと、長い前髪が顔を隠す。
「あんなに仲良かった親父さんが…!それなのに、なんでなんだよ!」
「…。」
「俺にまで平気な顔をするな!!」

山本は掴んでいた両手を離し、獄寺の震える身体を抱きしめた。立膝をついてしまった獄寺のまだ細い首筋に顔を埋める。
「……眠れないんだ。」
腕に馴染んでいるよりもその身体は華奢だとわかっていても、山本は抱きしめる手を緩めることが出来なかった。
「…苦しくて」
獄寺の両手が、山本の背中に回る。
「夢を見るのが、怖い。」
胸が、痛い。
「……馬鹿野郎。」
「隼人。」
ゆっくりと閉じた山本の目から、涙が滑り落ちた。






書いていて自分が苦しくなりました…本末転倒/つねみ






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