楽園



どうしてこんな事になったのかな…。

いつからか口癖のように繰り返されるようになった彼の呟きを聞きながら、ゆっくりと背中を撫でる手の感触に目を細めた。
誰からも「ボス」と呼ばれる彼がこんな風に気弱で幼げな口調になるのは自分の前だけだったから、それに応えるように彼の腕の中から精一杯首を伸ばして、彼の首筋に頭を擦り付けた。
「オレはただ、皆を守りたかっただけなのに…」
震える声と共に落ちてきた雫が鼻先に落ちる。幾筋も頬を流れる雫を受け止めようと舌先を伸ばすと、彼はくすぐったそうに身じろぎした。
「なあ、オレもいつか死んだら地獄に落とされるのかな?」
指先が耳元をくすぐるように撫でる。彼の掌はいつも優しく温かいのに一部分だけ硬く冷たい感触を残していて、指の付け根にぐるりと巻きつくそれに歯を立てるとかちり、と小さな音を立てた。
彼の言う「地獄」がどういうものかは判らなかったが、彼の声に混じる怯えを感じ取って、きっとそれは怖くて暗くて途方もなく哀しいものなのだろうと思った。

ならば、自分にとっての「地獄」は、彼のいない世界なのだろう。

自分がいつどこで生まれたのか、どうやって生きてきたのか全く覚えていない。
覚えているのは、どこかの路地裏で悪童どもに殺されそうになっていた自分を助けてくれた彼の掌であり、薄く開いた目に映った彼の笑顔だけだった。
その時の傷が元で体も満足に動かせず、声も出せなくなっていたが、それでも彼は自分を大事にしてくれた。

それが、彼が殺した多くの人々に対する贖罪であっても、自分はそれで構わなかった。彼の為に、彼の傍にいられる自分に、誇りを持っていた。
彼の傍にいられるのならば、これ以上望むものは何もなかった。

ただ、もしもひとつだけ、願いが叶うのならば…。

「オレは地獄さえも行けないかもしれない…生まれ変わって、またこの苦しみを繰り返すのかもしれない」
もしも、生まれ変わる事が出来るのなら…。
「なあ、その時はお前も一緒にいてくれるか?」
彼の傍で、彼を守ろう。もう二度とその優しい瞳を涙で濡らす事のないように。
声を出せない代わりに、いつも彼が綺麗だと言ってくれる黒くて長い尻尾をひと振りすると、彼は悪戯を思いついた子供のような瞳で笑った。
「そうだな…お前はかくれんぼが好きだからな」

霧の守護者なんて、どうだろうか?


懐かしい夢を見た。
胸の奥深くに仕舞い続けてきた大切な人の面影が、今の自分が仕えるボンゴレ10代目と呼ばれる青年の相貌に重なり、骸はひっそりと笑みを零した。
あの時は持ち得なかった力を得て、他人の命を幾つも奪ったこの手は骸の誇りだった…その指を飾る「霧の守護者」のリングと共に。
「君がいるならば、どこであろうとも僕にとっては楽園ですよ…」
三叉槍にこびりついた血を振り落とし、返り血の付着したリングに愛おしげに舌を這わせると、足元にいくつも転がった死体に見向きもせずに血溜まりに足先を浸して歩き出した。






局地的初代ボンゴレブーム!に頭が沸きました…(苦笑)
……今となっては、フクロウにしなくて良かったです(爆)/わんこ






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