スカーレット にょおん、と。 どこからか聞こえてきた気の抜けたような鳴き声にぴくりと肩を揺らす獄寺に気づかないフリをして、反対側に顔を背けて山本は込み上げる笑いを噛み殺した。 ――素直に「心配だ」って言えばいいのに。 肩を震わせる山本に目敏く気づいた獄寺は、憮然とした表情を隠さないまま小さく舌打ちするとぼそりと呟いた。 「……10代目に迷惑かけてなきゃいーんだけどな」 「ツナには懐いてたから、大丈夫なんじゃね?」 即座に返ってきた言葉に、自分が何を思い煩っているのか山本に悟られていると念押しされてしまい、気まずさを誤魔化すようにじろりと睨みつけて声を荒げた。 「お前がやたらと食わせるから、あいつ妙にグルメになりやがったんだぞっ!」 「いやー、まさかあそこまで食べるとは思わなかったからなあ」 獄寺が持っていた匣兵器である筈の猫は、死ぬ気の炎だけでなく人間と同じ食べ物までも好んで口にした。好みがうるさい上に食の細い獄寺と違って何でも気持ち良く食べてくれたから作り甲斐もあって、ついついあれこれと食べさせては獄寺に睨まれていたのだ。 ――こいつは「武器」だ…下手な情はかけるな。 そう言いながらも、満腹になって眠る背中を撫でる指先は柔らかかった。 「きっと、何だかんだ言いながらも、10年前の獄寺が面倒見てるぜ」 脳裏に浮かぶのは、いきなり突きつけられた未来に慄きながらも綱吉の為に精一杯立ち向かおうとする14歳の獄寺隼人。きっとリングに炎を灯し、自分達が残した匣を開き、新たな未来を切り開こうともがいている筈だ。 「あの調子で暴れて引っ掻かれちゃあ、面倒見きれねーけどな」 手の甲に浮かぶ引っ掻き傷を眺めながら呟く横顔は眠る猫に向けていたそれと同じで、文句を言いながらも腹を空かせて寄ってくる猫に炎を与えていた渋面にもどこか似ていた。 「そういや、ツナの炎も食ってたよな?」 「ああ、あいつは嵐の属性だけど、大空は全ての属性に対応するからな」 綱吉の話になると途端に誇らしげな口調になるのは相変わらずで、獄寺は先刻までの憂色を消して華やかな笑顔を見せた。 「そうか…ツナの炎って美味いのか?」 「はあ?炎に味なんてあるかよ。属性が合致するかしないかの違いだけだろ?」 山本の疑問に手をひらひらと振りながら答える。その白く細い指を飾るリングから溢れる真紅の炎を思い浮かべて、山本は口元を緩めた。 「んー、でもさ。お前の炎って美味そうだよな」 あいつばっか、ずりいよなあ、なんて唐突にぼやく山本に、獄寺は怪訝な顔を向けた。 「ずりい、って…何だよ、それ」 訳判んねえ、と眉根を寄せる獄寺の手を取ると、 「だって、獄寺の味は全部知りてーじゃねーか」 リングに這わせた舌先が指の付け根に触れて、握り締めた手の中で獄寺の腕がびくりと大きく震えた。 「……っ。て、めえ…っ!」 「あ、感じた?」 「うるせえっ!」 山本の手を無理矢理振り解いて大股で先を歩く獄寺の耳元も首筋も真っ赤になっていたから、再び笑いを噛み殺しながらその後を追うと、突然ぴたりと足を止めた獄寺がくるりと振り向いて山本の前に指を突き立てた。 「いいかっ!全部終わって10年後に戻ったら、あいつにたらふく食わせてやるんだからなっ」 勢い込んだ口調の割には些か迫力に欠ける内容だが、これも獄寺の所信表明なのだろうと居住まいを正して傾聴し、黙って大きく頷いた。 「…ついでに、お前にもたっぷり食らわせてやるからなっ」 覚悟しとけよっ!と言い放つその言葉は魅惑的なお誘いのようにも聞こえたが、その目はどう考えても挑むような好戦的なそれで…意味をどう取るべきか、再びどかどかと歩き出した獄寺の背中をぼんやりと見送りつつ固まったままの山本の足元で、いつの間にか近寄ってきていた野良猫がにょおん、とひと鳴きした。 …この頃は、まだ瓜の名前が出てなかったようです(苦笑) 実は瓜は24獄の匣じゃなくて、ビアンキが追加してた匣から出てきた、とかだったらびみょーに泣ける…そして、24山獄@10年前、は今頃何処へ…(泣)/わんこ |