STAY



 なにもかも気に入らなかった。自分が変なナリの奴と戦えなかったことも。勝てなかったことも。草壁が草食動物と群れていたことも。
 訳の分からない場所で、誰かの説明を途中までは聞いていたけれど、とりあえず戦いが終わったようだったので、さっさとその場を離れた。よくわからないが、自分のものらしい匣は懐に、ボンゴレリングはそのままに。
「恭さん!お待ちください!」
 草壁の追いすがる声がするが無視だ。
 怪我をしている草食動物をどこへなりとも連れていけばいい。

 本能のおもむくままに上へと向かった。地上を渡る風はいつもと何も変わらなかった。
 けれど。
「なに、これ」
 自分が見知った並盛じゃないことはすぐに知れた。
 隅々まで。それこそネズミしか通らないような路地裏まで知り尽くしていた。並盛の陰の支配者雲雀恭弥。並盛は彼のまさに庭だった。なのに、一時間もしない間に見知らぬ場所になっていた。
 それでも立ち尽くすことなく、並盛中へと向かった。  よく見れば全く見知らぬわけじゃない。知っているものが格段に古くなり、新しいものを知らないだけだった。
 歩くうちに雲雀はふ、と口元を緩ませる。
 少し違う並盛だけれども、そこかしこに自分の秩序を感じた。自分ならこうするだろう、という、雲雀以外はわからない不定形のものだが、確実に自分の気配を街中に感じた。ここはさっきまでとは違う並盛らしい。けれど、自分の並盛(まち)でもあるらしい。
 知れず、肩に入っていたちからが抜ける。
 ぱたぱたと黄色い鳥が肩ではためく。
 そしてたどり着いた並盛中は記憶の中より古ぼけていたけれど、それでも変わることなく雲雀の存在を受け入れた。
 ただでさえ学校の敷地内は年を取りにくい。そこで過ごす者はすべからく三年というサイクルで常に入れ替わる。誰の記憶にも『三年』しか存在しないそこの記憶を雲雀はそれ以上知っている。手垢がついて黒ずんでいく曲がり角の壁も、すりへっていく屋上への階段も、全てその黒い眸で観てきた。愛おしくすら、あった。彼はそれをそういう感情と認識はしていなかったが。
 応接室の前を通り過ぎ、屋上へと向かう。
 休日なのか、誰の気配もない静かな校内は雲雀の帰りを待ち侘びていたようだった。リノリウムの床はひたひたと雲雀の靴底を吸い付かせ、屋上のコンクリの床はざりざりと削り取っていく。どれもこれも馴染んだものだった。
 ごろんと寝転がると、視界全てが空になる。
 応接室か屋上か。複雑なようでいて単純な雲雀の居場所だった。
 風紀委員長として応接室で辣腕をふるった後は、不良として屋上で惰眠を貪る。
 いつしか、ヒバード以外にも鳥が辺りで休んでいることもあったが、特に何をするでもなく雲雀は目を閉じていた。

 いま、同じように寝転がるといよいよ記憶の中の風景と寸分違わず、空と給水塔だけが雲雀の目に映っていた。
 心地よい風に髪を遊ばされれば、敷地内に草食動物達が訪れたことがわかる。
 大丈夫。ここは自分の場所だ。
 雲雀は太陽の光を遮るように片手を上げると中指の忌々しいリングが、陽光を鈍く反射した。
 ふと懐から匣を取り出して陽に透かすように掲げる。
 きっと、あそこで草壁に言われたようにリングに炎を点して、この匣に注入したら何かが起こるのだろう。
 リングと同じ模様が刻まれたそれをためつすがめつして、先ほどの戦いを思い出す。
 昼寝をしていたらいつかあの場所にいた。
 そして、草壁と草食動物達と。
 わけがわからないままリングに炎を点してハリネズミが大きくなった。
 そうだ、と左手を広げてみる。
 ハリネズミに刺された傷は血が止まっていても、まだ生々しいものだった。
 喧噪が近付いた。隣の校舎――そう、かれらの教室に草食動物たちがたどり着いたのだろう。常であれば、不法侵入だと追い出すけれど今日はそこまでする気は沸かなかった。
 左手を枕に戻し、匣を眺めているとあの男を思い出した。
 先日、草食動物達が行方不明になった直後に、入れ替わりで現れて覚悟の炎だ死ぬ気だとわめいて、このリングを躍起になって自分の指に嵌めた。
 それだって自分は抵抗して戦った。こんなもの興味ない。他人に強制されるのはまっぴらごめんだ。
 全身でわめいた。なんとか押さえ込まれて指輪をはめたところで、彼は匣を取り出して自分のリングに炎を点した。
 熱さを感じないそれになんのトリックだ?と聞いたときに情けない笑顔を見せた。
『トリックじゃねぇって。お前にもできる』
 確かに自分も炎を出せた。それも跳ね馬よりずっとおおきな炎が。炎でハリネズミは大きくなったけれど、あんな無様な戦い方は二度としたくない。
 どうしたら自分の能力を有効活用できる?
 この匣は、あの生物はどうして増殖する?自分の炎はなんだ?
 何故ここにいない跳ね馬。
 教えて欲しいとは思わないけれど、戦いながら盗ませて欲しい。

「あいつらいい顔してんな」

 頭上からの声に雲雀の体は頭より先に自然に反応した。  
 トンファーを構え、膝をついて応戦体勢を整える。
 いつからそこにいた?
 見知らぬ、でもよく知っている男がそこに腰を下ろして、自分を見下ろしていた。
「まぁ待て恭弥。そんなにあわてなくてもみっちり鍛えてやっから」

 欲しい者が手に入るというのはこんなに心地いいものだろうか?  雲雀は知らず口の端が上がった。
 どうやら跳ね馬より強そうだ。
 と、と軽やかな音をたてて彼は降り立った。リングの炎を点しトンファーに纏わせながら一気に踏み込んだ。
 振るったトンファーに手応えがないのは承知の上、反動で引き戻しながら炎を大きく点して目を眩ませる。
 がっと手応えを感じたが、それは人体ではなく、同じく炎をまとった鞭。トンファーは両方とも飛ばされた。
 そして、ぎゅうっと暖かくて固い胸に顔をおしつけられた。
「おかえり、恭弥」
 その声は頭二つ分ほど高いところから降ってきて、むせるほど知っている香りに力いっぱい抱き込まれる。
 力強い腕も全身包まれるほどの熱も自分を拘束する全てが厭でたまらない筈なのに、息が出来ないほど抱きしめられて雲雀は指一本動かせなかった。
 確かに自分はこの腕を知っている。
 だけれども、この腕に溺れることができないことも知っている。
「無事で良かった……ちょっとだけこうさせて。――俺のために」
 落ち着いた声が目を閉じて乞うからしばらくはこのままでいようと思った。
 この拘束は自分を抑えつけるものじゃなくて、自分を心配してくれた優しい腕だとぼんやり気付いた。
「……驚いた?こっちに来て」
「いや。何がきても咬み殺すだけだよ」
 愛情もなにもない素っ気なさにますます体に廻る腕は力をこめた。
「ちょっと、跳ね馬離しなよ」
「もうちょっと…」
「こ、のいいかげんにっ」
 この腕が開いたらすぐに自分は自由になると思ったのに、内側からディーノの腕を解こうと力を籠めたところ、ちゅと口づけられた。
 ぶわっと雲雀を炎が包む。
「雲雀さん!!ディーノさんも!!」
 向こうの屋上から綱吉達が大きく手を振る。
「おー、ツナー!!後でアジト行くから挨拶はそのときなー!っと」
 呑気に綱吉達に手を振るディーノに背後から二本のトンファーが襲いかかる。それを頭上に掲げた鞭で防いだ。振り返り、鞭を持ち直してたんと床で鳴らす。
「みっちり鍛えてやるよ」  ディーノのすごみを増した笑みに、雲雀は床を蹴った。






S●APの同名曲の歌詞がどこを切り取ってもよくって、特に「僕らずっと一緒に歩こう、永遠なんて言わないから、5,60年それだけでいい」って、控えめなところがディーノっぽいなぁと思ってこの話が生まれました(ディーノに夢見がちなのはディフォルトです)。
だからSTAYがディノヒバソング!ってわけじゃなく、どんな二人(恋人でも家族でも仲間でも)にも当てはまる歌だと思います。
だい。






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