その声は、まるで一筋の光。



その声は、まるで一筋の光のようだった。


暗いとか冷たいとか、苦しいとか痛いとか…人の身体に本来備わっている筈の器官が感じる筈の刺激を一切遮断され、時間の感覚さえも失われた状態は、ある意味永遠でも刹那でもあり、生きているとも死んでいるとも言えるようなものだった。
「入れ物」である身体の感覚が全くないが故に、唯一自由を赦された精神を引き止めるものは何もなく、ここに閉じ込められる前よりも寧ろ自由だと彼は思った。

気づいたら、そこに光があった。
視覚を奪われている筈なのに何故か感じられる、小さくても強く確かな存在感。
眩しく温かく、柔らかく優しい…奪われた筈の感覚がその光にだけは反応した。身体に血が巡るのを感じた。
その光はやがてよく知った面影を残した青年の姿を形作り、にっこりと微笑みながら手を差し伸べ、彼の名前を呼んだ。

「久し振り…いや、初めまして、かな?10年前の六道骸」


歓声と笑い声と、時々悲鳴が聞こえてくる竹寿司の前に立って、黒いスーツ姿の青年はまるでいとおしいものを見るかのように目を細めた。
「ボス…」
隣に立つ制服姿の少女…クロームが控えめにその腕を引くと、青年は首を傾けてふわりと微笑んだ。
「大丈夫だよ、クローム…もう行こうか」
獄寺君辺りに見つかっちゃったら大変な事になるからね、とおどけた調子で話すその目はそれでもどこか寂しげで、見覚えのある色をしていた。
(骸様に、似ている…)
骸にもらった目の奥がちりり、と痛んで、クロームは身を寄せるように隣を歩く青年の腕にしがみついた。

あの日、骸に導かれるままクロームが辿り着いた廃墟は、鬱蒼とした外の印象と一転して、内部は光に溢れ居心地良く整えられていた。
「骸様…?」
気配に気づいて振り返ると、白いシャツを無造作に羽織った青年が両手にマグカップを持って立っていた。
「骸じゃなくて悪いけど…君にも久し振り、って言うべきなのかな?」
クロームの前に立ち、甘い花の香りを漂わせるカップを差し出すと、
「いつも1人じゃ味気なくてさ…たまにはお茶に付き合ってくれないかな?」
10年後からやってきたというボンゴレ10代目…沢田綱吉は、昔から変わらぬ笑顔を見せた。

『犬と千種には内緒ですよ。勿論、ボンゴレにもね』
骸との約束通り、クロームはこの廃墟の事も綱吉の事も誰にも話さなかった。
綱吉が何をしているのか、何を思っているのかは判らなかったが、クロームは骸の指示に従い、骸に代わって綱吉に手を貸し、たまに一緒にお茶を飲んだ。2人の間に会話らしいものは殆どなかったが、いつ行っても心地よい風の吹く光に満ちた部屋と甘い香りのお茶、そして綱吉の笑顔があればそれで十分だった。

「このお茶…何のお茶なの?」
いつものように2人で向かい合ってお茶を飲んでいた時の事、何の気もなしに呟いた問いに、綱吉は笑って答えた。
「蓮花茶、って言うんだって…蓮の花を摘み取ってお茶の葉っぱに花の香りを移しているんだって」
そう説明しながら指先でこつりと叩く青磁のティーポットは、目を凝らして見れば蓮の花の文様が小さく透かしで入っていた。
「蓮の花、見た事ある?」
骸が見せる幻覚じゃなくて、ちゃんと本物のやつだよ?と笑いながら問いかける綱吉にクロームが黙って首を振ると、
「桜よりももうちょっと濃い、桃色の綺麗な花を咲かせるんだ…その後に種が出来るんだけどね、その種を食べたら現世を忘れる事が出来るそうだよ」
「現世を、忘れる…?」
「そう…楽しかった思い出も、その記憶を共有している仲間達の事も。取り返しのつかない失敗も後悔も」
クロームの首にかけられたチェーンと守護者のリングに指先で触れて、綱吉は哀しげに微笑んだ。
「現世の記憶を手放してしまえばオレ達には何も残らないんだろうけど、骸はどうなんだろうね…現世を忘れたぐらいでは、逃れられないものがあるのかな」
静かに落とされた呟きは、目の前にいるクロームに宛てられたものではなかった。


ランボを訪ねて沢田家へやってきた獄寺に10年バズーカが当たったのを確認して、クロームは後ろに立つ綱吉を振り返った。
「有難う、クローム…」
綱吉を見上げるクロームが小さく頷くと、その体が白い霧のようなものに包み込まれる…少女の姿が消えて、霧の中に黒い影が現れた。
「有難う、骸…感謝している」
「退屈、してましたからね」
いくらか大人びた相貌がほぼ目の高さにあって、随分と縮んでしまった身長差に10年という時間の長さを思い、六道骸は小さく声を上げて笑った。

突然、骸の精神に語りかけてきた、10年後の世界からやってきたという綱吉は、骸に「助けてほしい」と告げた。
『10年後のオレ達には、ボンゴレリングが必要なんだ…』

今はリング争奪戦がやっと終わり、ようやく平和な日々が戻ったばかり、の筈だった。
それなのに、10年後の世界に飛ばされたらしい彼らは、再び戦いに身を費やすのだろうか。心優しくどこまでも甘いボンゴレ10代目…14歳の沢田綱吉はどうしているのだろうか?
そして、目の前にいる10年後の沢田綱吉は、一体何を思っているのだろうか?

「どうして、ボンゴレリングを手放したんですか?」
幾度となく繰り返した骸の問いに、綱吉はまた曖昧に微笑む事で答えた。
すべてに染まりつつ、すべてを飲みこみ包容する大空…それが歴代のボンゴレボスに引き継がれるリングの特性だった筈だ。
しかし、今骸の前に立つボンゴレ10代目の笑顔は、そこにあるように見えるのに手を伸ばしても手応えのない、どこまでも透明な大気のように儚く掴み所のないものだった。
「どうして…」
その笑顔を見るたびに胸の奥をざわりと撫でるのが苛立ちである事に、骸は気づいていた。その苛立ちは、助けを求めてきたくせに胸奥は決して見せない綱吉に対するものなのか、綱吉にこんな顔をさせている10年後の己に対してなのか…それとも、そんな事に心を乱されている自分自身に対して、なのか。

「…僕が、守りましょう」
掌を綱吉の心臓の上に押し当てて、骸は宣戦布告でもするように呟いた。
「貴方がリングを手放すと言うのなら、僕は反対します」
骸の言葉に綱吉は目を見開いて、駄目だ、とでも言うように首を振った。顎に指をかけて固定すると、覗き込んだ瞳がわずかに水気を含んでいる…その瞳の前に守護者のリングが填められた手を翳した。
「ボンゴレ霧の守護者として…僕は、沢田綱吉を守ります」
力が抜けたように膝を折る綱吉を、骸の腕が掬い上げる。体を支えるように背中に回った互いの両腕に力がこもり、骸の胸元に顔を伏せた綱吉の体がわずかに震えているのを感じて、骸は祈るように瞳を閉じた。






10年後ツナが10年前でリングを集める為に暗躍していて、それを手伝ってるのが骸(クローム)っつー事で(汗)
10年後ツナは、14歳ツナがバズーカで飛ばされる時点よりも前に飛ばされている気分で(2ヶ月前とか、そんな感じで/汗)
リング争奪戦やら何やらとの絡みはよく判らなかったので、その辺りは適当に読んで下さい(涙)/わんこ






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