Good Night/世界が終わる夜に



Good Night

明かりの消えた部屋の中、ソファに横たわる人影はぴくりともしなかったが、決して眠っている訳ではないと判っていた。
「獄寺…」
それでも足音を立てないように静かに歩み寄ると、ソファの周りに散らばっていた書類が靴の下でかさりと乾いた音を立てた。
肘掛に腰を下ろし、腕を伸ばす。掻き上げた前髪の下から虚空を見つめる瞳が現れて、そろりと目尻に指先を這わせると、乾いた皮膚の感触に闇に慣れた目元を歪ませた。
獄寺もオレも、あれから睡眠も食事もマトモに取っていない。気が狂いそうな哀しみと憎悪を気力で捻じ伏せ、失われたボスの代わりに組織を支えようと死に物狂いで立ち上がるこいつを支えているのもまた、ツナが残したボンゴレだった。
「せめて、少しは眠れよ…今、お前までぶっ倒れる訳にはいかないだろ?」
吐息のような囁き声さえも、静まり返った部屋にはやけに響く。いつもより殊更、慎重に吐き出した声に、獄寺は首を小さく振って抵抗した。
「いやだ…」
眠りに落ちてしまえば、また夢を見てしまう…それが幸せだった頃の記憶の断片でも、血に染まった愛する10代目の姿でも、どちらにしろ今の獄寺にとっては悪夢だった。
「いや、なんだ…」
愚図る子供のように言葉を繰り返し、ソファの上で体を丸くする。それでも眠りを恐れるように、その目はしっかりと見開かれたままだった。
涙も枯れ果て干上がってしまった瞳は、瞼を閉ざす事さえ忘れてしまったのだろうか…掌で撫でるように瞼を閉じさせ目元を覆うと、オレも目を閉じて掌に意識を集中させた。
「オレが、いるから…」
リングはなくとも、触れた掌から少しでも伝わるように…雨の属性は「鎮静」。獄寺の傷を癒す事は出来なくても、せめて安らかな眠りを。
「…や、だ…」
じわりと掌を熱く滲ませた雫が、指の隙間から手首を伝う。身を屈ませ唇を寄せると、乾いた喉を潤すように静かに流れ続ける涙を啜った。


世界が終わる夜に

多分、オレはあの瞬間、狂ってしまったのだと思う。
どうして、オレは生きているのだろう?
ああ、そうだ。これは夢だ。眠るオレが見ている夢か、誰かの夢か…。
そうでなければ、10代目を喪った世界で、こうして生きている理由が見つからない。
「獄寺…」
そのくせ、山本の声だけはリアルに響く。あれから条件反射のように動き、話し、全ての感覚をどこかに置いてきたようなぼんやりとした感触の中で生きていたが、何もかもが遠くに感じる中、山本の声と姿だけは輪郭を鮮明に保ったままだった。
「せめて、少しは眠れよ…今、お前までぶっ倒れる訳にはいかないだろ?」
その台詞、そっくりそのままお前に返してやる。今にも死にそうなツラでオレを見るくせに、オレの心配なんかしてる余裕ねえだろ?
「いやだ…」
それに、ひとりで眠るのは嫌だった。目覚めた瞬間に味わう絶望は、ひとりきりでは背負いきれない。
「いや、なんだ…」
何度浅い眠りを繰り返し、また目覚めても、やっぱりこの悪夢が続いているんだ…なあ、山本。お前もそうなんだろ?
「オレが、いるから…」
そう言いながらも、山本の掌から伝わるぬくもりは、オレの意識を暗い闇へと誘い込む…嫌だ、やめてくれ。オレを1人にしないでくれ。今のオレには、お前しかいないのに…。
「…や、だ…」
もう枯れたと思っていた涙が溢れて、目元を濡らした。最後の抵抗に搾り出した声が途切れて、オレは全てを見失った。






おやすみなさい、やさしい夢を。/わんこ






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