アイスを買って帰ろう



「なんすか?」
「山本がね、賭けに勝ったんだって。二死満塁で打てたら100円って」
 もしかして、さっきのアレか?賭けたヤツバカだな。そんなん山本が勝つに決まってるだろうに。
「じゃじゃじゃーん」
 何かの節をつけて勿体ぶってオレたちの鼻先に出すのはやっすい色のキャンディー・バー。
「オレはいい」
「何言ってんの。せっかくだからさ、ハイ」
 山本はキャンディー・バーの2本の棒を持ち、パキンと小気味良い音をたてて割ると、それぞれをオレたちに渡した。
「山本は?」
 10代目は戸惑って手にしたキャンディ・バーと山本を見比べる。2本を3人でどうやって分けんだって。「だからいらねーよ」と言いながら山本に返すが、山本はそれの上1/3ぐらいをいきなり齧った。
「二人から少しずつもらえばいいだろ?」
 そして、10代目からも。
 シャリシャリと涼しい音を立てるから、さっきまでの汗が引くような気がした。
「お前が口つけたもんなんか食えねー」
「せっかくだから貰おうよ、獄寺くん。おいしーよ?」
 山本頭いいねー、と10代目は屈託のない笑顔で山本の歯型のついたそれを齧り始めた。
「10代目がそう仰るなら」
 人が口をつけた物を食べるのにはかなり抵抗感があるけれど、10代目も食べてらっしゃるし。意を決して少し舐める。歯にしみそうな冷たさに、少しだけ体が反抗する。こんな冷たいもんよく食えたなと山本を見れば、いっそ気持ちいい勢いで噛み砕いていた。
「もしかして、獄寺食べるの初めて?」
「悪いか」
「え、そうなの?小さいころからコレはよく友達と半分こしてたんだよ」
「そうそう。よくべろが青くなってたよな」
「かき氷だろ、それは」
「だっけか?」
「うん。獄寺君、おいしい?」
「今日は暑かったから丁度いいっすね」
「だね、山本ご馳走様」
「ごちそうさま?」
「奢ってもらったからさ」
 そっか、ご馳走様は飯の後だけじゃねーんだな。山本へ礼を言うのはさっきより抵抗があるけれど。
「…ご馳走様」
「どうしたしましてー」
 山本はばかみたいに笑ってオレたちの手に残った棒を、駄菓子屋の店先のゴミ箱に捨てた。
「獄寺、手についてる」
 オレの右手をとった山本は手首を捻って小指のつけねを舐めた。
「ななな何しやがる!」
 脊髄反射で舐められた手を振り上げて山本の頭を殴る。
「ええっ!?殴られるとこ?」
 わざとらしく殴られたところを抑えて山本が騒ぐ。10代目に同意を求めると、10代目も呆れた顔をされていた。
「殴るのはアレだけど、ふつー舐めないよ?」
「10代目、もっと言ってやってください!」
 舐められた。舌のやわらかさに背筋がぞっとした。シャツでごしごしと擦りながら知る限りの呪詛の言葉をつぶやく。
「だってー、獄寺の指についてるのうまそーだったんだもん」
「また殴られてーか?」
「あはははは。一度でいいよ、もう勘弁な!」
 何事もなかったように歩きだすし、10代目もそうするから仕方なくついていくけれど。あの野球バカ、一度ホンキでしめねーと気がすまねぇ。

 雲雀のトンファーを避けられる山本がオレのパンチを避けられないはずがない、と気付いたのはその夜のふとした瞬間だった。何を意図しているのか思い当たって、また、あいつはオレが気付いていないと思っているであろー事にムカついた。部屋には一人しかいないのに恥ずかしくなって頭を抱えた。

 10代目、ホントにあの天然大馬鹿野郎を一度シメさせてください。
 どこかズレているであろう頭のネジを締めさせてください。

 でも、この国にはバカは死ななきゃ治らないって諺もありませんでしたっけ?

 やっぱり一度殺していいですか?10代目?






5/9はごっくんの日。アイスの日。青いキャンデー、青い春。/だい。






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