言葉をめぐる旅が始まる。



そのまま進むとまだ灯篭の設置が間に合っていないエリアみたいで、夜の闇が完全に降りていた。夜目が利くのか、ここを全部覚えているのか山本はオレの手を握ってスタスタと歩いて行く。コケるよりマシか。こんな風に手を握ることなんてめったになくて、妙に緊張した。汗ばんできているんじゃないかと余計な心配をしてしまう。手首から先が他人のようだ。
「まだか?」
振り返ってもうすぐ、と口が動いた。
ん。と返して空を見上げる。風に煽られ、ザザザと覆い被さってくるように黒いシルエットになっている木の葉が音を立てる。ガキの頃だったら間違いなくたちすくんだ光景だ。今は山本が先導して先へと歩いていく。
久しぶりの暗闇にイタリアの夜を思い出す。ここ(日本)の空は地上が明るすぎて星が見えない。でも、明るいはずの地上でも肝心なものは何も見えやしない。人の気持ちが灯りに照らされて見えるようになったら、恥ずかしくて誰も外を歩けないだろう。それでも言葉のわからない海外なら。でも、気持ちは言葉がなくても伝わるものだ。10代目の強さと温かさは言葉がなくても、山本の気持ちだって…。
風が吹き、髪の毛が広がった。冷たい風が首を通り抜け思わず肩をすくめる。そして、山本のインバネスがオレを覆った。
違う、これは風で煽られたんじゃない。
オレを包んでいるんだ。まるで、風から守るように。
証拠に、温かい、
「山本?」
「………」
間近にせまった山本の口が3つの言葉をかたちづくる。
近さ故にうっすら見える顔は必死だった。そして言葉がこぼれる。

うそだ。そんな。

――いや、いつかは言われていると知っていた。目を背けていただけだ。
表情を変えないオレを見て、山本はやっぱりわかんねーか、って笑みを浮かべるから思わずかみついた。その唇に。
乾いた唇を舌でなぞり、初めてするその行為に、山本は目を見開いて驚いたが、すぐに応えてきた。お互いしっかり首に腕をまわして、そう。キス。
「もう一度言いやがれ」
「すきだ」
掠れた声にならない声。
尾てい骨におちるようなハスキーボイス。明るい太陽の声ではなく、夜の月のような声。
「すきだ」
――すきだ。日本語で生まれて初めて聞いたその単語。
「もう一度」
「すきだ。獄寺、すきだ、よ」
強く抱きしめてくる腕から山本の気持ちが伝わってくる。
イタリア語や英語では言われたことがある。
でも、日本語で初めて聞くその単語は、山本の声でオレの言語中枢に焼きついた。
「もう、しゃべんな」
す、という形で止まる山本がおかしくて笑った。そのまま、き、だ。と唇が形作る。
「わーったって」
急に恥ずかしさがこみあげてくるから熱い顔を隠すように煙草をくわえた。その煙草を抜かれ、山本に正面を向かされる。
――獄寺は?
唇を読んで目線を上げると真摯な山本の目が合った。
「す…」
日本語で言われ慣れているだろう言葉は使いたくない。お前が聞いたことのない言葉で返すよ。
襟元を掴んで山本の耳を寄せる。
「mi piace」
――ミ、ピ? もう一回。
山本は一度自分の口で繰り返して、人差し指を立てた。
「mi piace」
――イタリア語?
ん。と首を縦に振る。
――意味は?
「てめぇで考えやがれ」
山本はオレの両肩に手をおいて、ふるふると横に振る。
「お前と同じ意味だ」
ミ・ピアーチェ ちょっと違うけど、声が出るようになったら教えてやるよ。たぶん。山本が何度か呟いて掠れた声で呟いた。
「ミ・ピアチェ」
意味を把握しないで口にしても中身がそぐわないもんだな。
はん、と鼻で笑った。
「ちゃんとした発音を、ココが治ったら教えてやるよ」
山本の喉を触ると発熱しているらしく、やけに熱かった。その指を片手でまとめて唇を寄せた。なっ!上目遣いでオレを見て、指先を少し咬む。暖かい口内と湿った感触に指を引いた。途端に笑った山本は抵抗する間もなくオレを抱きしめて再びインバネスで覆った。

漆黒の夜、黒のインバネスに覆われたオレたちはまるで闇に溶けたようだと、思った。
オレは山本に体を預けた。
「今日オレの誕生日。獄寺の言葉でシュクフクして」
山本の口から言葉がこぼれる度に心が山本の言葉で満たされる。溢れ出す。
「――con forza」
誕生日おめでとう、じゃない。これから10代目と共に、一緒にやっていくんだ。

すきだ、というその呪文は甘すぎる。
きっとオレは人の温かさに飢えていたに違いない。だからこんなに弱くなっている。山本ごときに好きだ、と言われてキスで返してしまう。キスなんて挨拶代わりなのに、なぜか唇が熱い。大切な言葉を繰り返したせいだ。
言葉が形をつくる。好きだ、という言葉で、オレの気持ちは形になった。山本への興味はきっと山本のことを好きになっていたからだ。山本への反発はその気持ちを打ち消すためのバランス感覚だったのだろうか。そして、この好きという気持ちは今まで味わったことのない感情でどう処理をしていいのかわからない。

そして、どうしてこうなったのかまだ頭が追いつかない。
オレが山本に抱かれて心地いい、なんて。
だからこれから二人でその理由を探していこう。オレはこれから山本を、山本はオレのことを理解していけばいい。たくさんの言葉より、大切な言葉(しんじつ)を。騒がしい街のノイズが言葉をかきけすなら、オレたちは耳をふさごう。心にだけ、大切な言葉を響き渡らせよう。太陽の下で。夜の闇で。桜の樹の下で。
「山本。いい加減、花見の場所を教えやがれ」
山本は緊張が解けたように笑った。
夜の闇の中で、太陽のように笑った。






恥ずかしい恥ずかしい。青い春って恥ずかしい。07山誕話へと設定だけ続きます。モデルは東京の六義園の夜桜です。
インバネスはその帰りに見かけた事とご存知マンサーチャーシリーズより!東京は時折若い方でもインバネスを着ている方がいて眼福です。
まだごっくんのキャラが掴めず悩んでいる昨年の自分も恥ずかしいです。2008/3/29 だい。






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