インファンタイル



 変わらず粒子の細かい雨が降っていた。雲雀はディーノの待ち伏せに頓着せず勢いよく飛び出すと、うなりを上げた打擲が飛んできた。右に左に自由自在に飛んでくるそれを同じく左右のトンファーで避けて、逆転のタイミングを計る。いつのまにか制服の膝やシャツに破れた跡ができていた。それはディーノも同じことで、ファーのついたパーカーの袖は切れ、顔にもいくつか擦り傷ができている。
 雲雀は後ろに飛んで、一度間合いを計った。屋上の床にはいくつか二人の得物で抉れた跡がついていた。
 ディーノがふと雲雀の視界から消えた。雲雀が左右を見る隙間を与えず、ディーノが雲雀の背中を軽くたたいて、フェンスの向こうに消えた。
 背後をとられた上に攻撃をされなかったことに自尊心を傷つけられた雲雀は目を見開いて同じようにフェンスを跳び越えた。

 フェンスの向こうは体育館の屋根があり、いくつかの運動部の部室棟があり、段々に降りられた。むろん、通常の人間ではなく、二人に限定されることだが。
 グラウンドは湿り気を含み、雲雀のシューズの底を重たくさせる。狭くはないグラウンド中を横切るように移動していく。
「恭弥、今日は何をしてたんだ?」
 雲雀の頬の横をディーノの鞭がしなり、傷を増やす。
「関係ない」
 ブゥンとディーノの耳の傍をトンファーが通り過ぎ、髪の毛が数本持っていかれた。
「休みって何をしてんだよ?」
 返事とばかりに地面に着いた腕で体を支え、ディーノの足をすくった。背中から転がり、しかし勢いを殺さずに雲雀から離れるように転がり立ち上がると、雲雀の足に鞭を絡める。最初のダミーは躱されたが、次の打擲は雲雀の片足を掴み、グラウンドにたたきつけた。
「降参」
 雲雀の横にディーノも寝転がった。さすがに肩で息をしていた。雲雀は唇をかみしめて一度素手でディーノのほおを殴った。甘んじてそれを受けた男は殴られたその手に軽く唇をつけた。気持ち悪い、と雲雀はそれを払うからディーノはおかしくて大声で笑った。とっくに丑三つ時を過ぎている。
「赤ん坊が言っていたのは貴方だ」
「なんだ聞いていたのか?でも、それだけじゃないぜ。ちょっと、こどもっぽいことしようと思って」
「マフィアも大概暇なんだね?潰してあげようか?」
「興味ないくせに。ーーなぁ、この木なに?」
泥だらけの袖を上げて、頭上の若葉生い茂る木を指した。
「桜」
 ああ、とディーノは呟いた。花さえ無きゃ大丈夫なんだな、と事情を知っているように続くけれど雲雀は全く興味がなかった。それよりも久しぶりに全力で動いた後の疲労感が心地よくてこのまま眠ってしまいたい、とさえ思った。
「あれ?あれ?恭弥寝ちゃだめだって」
「うるさい」
 肩を掴む手を払うと宙に抱き上げられた。
「離して」
 耳元でぐんと風が吹いた。自分を抱いたまま走り出すディーノに雲雀は心底呆れた。このボスはなんでこうもこどもっぽいんだろう。その雲雀こそ、気が済むまで戦ったら眠くなるだなんてそうとうこどもっぽい、とディーノは思っていた。
 二人の泥を洗い落とすように一時強くなった雨はロマーリオの待つポルシェにたどり着く頃に小康状態に戻った。
「ホテル戻っったらあったかいバスに入ってゆっくり寝よう」
 この人は本当に何しに来たんだろう?夢うつつでぼんやりする雲雀は何が食べたい?と聞かれて逡巡して一言。
「桜鍋」
「そんなきれいな呼び名の鍋があんだ。いいぜ、明日起きたらそれ、な」
 ”きれいな呼び名”と自分の通称が重なることを、若きイタリアン・マフィアのボスはまだ知らない。

 そして、雲雀もそのボスがなぜ並盛にいるのか、本当の理由は知らないでいた。






雲雀ちゃんハピバー@2008。雲雀ちゃん!?インファンタイル(子供のような、純真な)。まぁこの二人は延々闘うことで絆を深め合っていくと思うんですよ。いつ、ディーノさんが悪い大人になるのかワクワクです!20080505  /だい。






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