嘘つき



あいつは嘘をついている。

山本のことを初めて認識したときから、気に喰わない奴だと思った。オレより高い身長も、無駄に良い運動神経も、人当たりの良い笑顔も、すぐに10代目やリボーンさんに気に入られた要領の良さも、何もかもがオレの神経を逆撫でしてムカついた。
「山本ーっ、ちょっと来いよ」
「んー?なになに?」
「お前さあ、昨日のアレ見たかよ?」
三人位固まって話しているグループから、山本に声がかかる。山本は笑顔で近付いて、自然に話の輪の中心になる。何かを言うと、どっと笑いが起きた。そんな風景は普段からよく見かけるものだ。
学校の連中はきっと、山本の事を明るくて頼りになるイイヤツだと思っているんだろう。
ふざけるな。連中は何を見てるんだ。どんなに笑っていても、その目は絶対に笑ってなどいないのに。

「わー、今日は天気がいいから気持ちいいね!」
10代目が両手を上げて大きくのびをする。初夏になったばかりの青空は高く、乾燥した爽やかな風が吹いている。天気のいい昼休みは、大抵10代目と山本と三人で過ごしていた。
オレは飲み終わったオレンジジュースのパックを潰すと、煙草を取り出す。
「本当っすね。このまま暑くならなければいいっすねー」
「獄寺くん、暑いの苦手?」
10代目がくすくすと笑いながらオレの方を見ている。
「いえ、暑いならイタリアも暑いんですけど、こっちは湿度が高いって聞いたんですよ」
「ああ、慣れていてもキツいもんなぁ」
「そうなんですか?」
そう言って10代目に向かって笑った瞬間、こめかみの辺りにチリッとしたものを感じた。反射的に振り返ると、山本が紙パックの牛乳に口をつけていた。オレの視線に気付いたようにそれを下げてにっこりと笑う。
「何?獄寺も飲む?」
「んなもんいらねぇ!」
間髪入れずに怒鳴り付けると、山本は声を上げて笑う。
「相変わらず怒りっぽいな、お前。やっぱ牛乳飲んだ方がいいぜ」
「ウルセエ!」
睨むオレに向かってヘラヘラと笑うと、山本はもう一度ストローをくわえた。
――何か、はぐらかされた?
先程、こめかみに感じたものは、身に覚えのある感覚だ。イタリアでいつも辺りを警戒しながら生活をしてきたせいか、視線や気配には敏感になった。
多分アレは山本の視線だった。
――睨んでいやがったくせに、見てなかったフリか?
今は10代目と談笑している横顔を睨み、オレは山本を締め上げるつもりで手を伸ばした。
「おい、やまも…」
「あー山本いたいた!」
いきなり鉄製の扉が開き、男子生徒が姿を見せた。
「今から野球するけど面子が足りねーんだわ。来てくれよ」
ソイツの突然の登場に、オレと10代目は固まっていたが、山本は振り返ると、のんびりと手を振った。
「んー、今日はやめとくよ」
「何だよ。せっかく屋上まで来たのに」
「悪ぃな」
笑いながら言う山本につられたように、ソイツも笑顔を見せた。
「しょーがねぇな」
「また誘ってくれな」

ソイツは来た時と同じようにさっさと姿を消した。
「…山本、良かったの?」
10代目が気遣わしげに声をかける。だが、山本の返事はあくまでもノーテンキだった。
「ん?ああ。ここでノンビリしてるの気持ち良いしな」
「そう」
10代目が相槌を打つと、山本は笑顔で続けた。
「それに、ツナや獄寺と一緒にいたいしさ」
その言葉に反応を返さずに、オレは煙草に火をつけるために顔を真横に向けた。
――こめかみに、またチリッとした感触が走った。
「なんだか眠くなるねー」
10代目が目を擦りながら屋上に寝転がる。
「10代目、寝ていいですよ。昼休み終わったら起こしますから」
山本の視線を無視して10代目に話しかける。
「本当?夕べランボの奴が寝相悪くてさ。次の数学サボれないし、お願いしてもいいかな」
ほわんと笑う10代目に、オレは笑顔で頷いた。
「もちろんです!」
半分眠りかけていたらしく、10代目はすぐに寝入ってしまった。それを確認してから、オレは煙草の灰を落として再び口にくわえた。
「獄寺ー」
「…10代目がお休みしているんだ。静かにしろ」
いつもの調子で話しかける山本の方を見ないで、オレはごく小さな声で返す。
空を見上げて煙を吐いた。
「獄寺ってば」
短くなった煙草の火を消し、携帯灰皿に入れる。なんとなく間が持たなくて、オレは新しい煙草を取り出した。
「なぁ」
「ウルセーなっ!」
声を潜めたままで悪態をつき、オレは思わず山本を振り返った。
マトモに視線が絡んだ途端に、オレは動けなくなる。山本の口元は笑っているのに、その目は微塵も笑っていない。感情の伺えない瞳は冷たさすら感じる。
山本がすうっと目を細めると、背中を冷たいものが流れ落ちた。
「獄寺」
「…っんだよ!」
反射的に小さく悪態をつく――声は震えていなかったか?
山本がクスッと笑った。
「てめっ!」
カッとなったオレが殴ろうと突き出した右拳を掴むと、山本はその左手を思い切り引いた。バランスを崩したオレの身体は前につんのめり、慌てて左手を着いた。
山本の顔が数センチ先にあって、オレは何故かギュッと両目を閉じた。
「嘘つき」
山本の吐く息を唇で感じて、身体がすくむ。握り締められた右手が熱い。
「あんなにオレを見ているのに、関心のない振りすんの止めろよ」
何を言ってやがる。見ているのは山本の方だ。
そう思っても、口から言葉が出ない。近すぎる距離に身を引こうとすると、左手も抑え込まれた。
「…なぁ」
「やめっ…じゅう…だいめが」
「逃げるなよ」
固まるオレの唇に、温かいものが触れた。驚いて目を開くと、間近に舌を突き出した山本の楽しそうな表情がある。
山本は顔を背けるオレの顎を掴み、柔らかく食むようにオレの唇を噛んだ。

「なぁ、嘘つくなよ、獄寺」






最初は中学生らしく可愛らしい話を目指していた(爆)はずが、うっかり黒もっさんになりました…あれ?/つねみ。






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