membranza



最後に自分の誕生日が嬉しいと思ったのは、いつのことだっただろうか。

昔から誕生日は好きじゃなかった。
誰一人としてオレを祝福する気持ちのないパーティーの日も、たった一人で路地裏で過ごした日も、優しかったあの人と永遠に会えなくなった日も――思い出したい事など何一つない。オレにとってはそういう日だった。
だから、今年の誕生日が黒曜戦の最中だったことは、オレにとっては残念な事ではなかった。むしろその事を忘れることが出来て助かったとすら思っていた。お優しい10代目や、騒がしいことの大好きな連中は、ここぞとばかりに騒ぎたがるだろう。オレもわーっと騒ぐのは好きだが、自分の誕生日に関してはとてもそういう気にはなれない。その後のリング争奪戦もあって、オレの誕生日がうやむやになったことに、ほっとしていたくらいだった。

リング争奪戦の後、10年後に飛ばされたりしてゴタゴタとしていたように思うが、十二月に入る頃にはすっかり日常生活に戻っていた。
今日もいつものように、10代目のお宅にお邪魔して数学のプリントをご一緒に片付けていると、部活があった山本が珍しく遅れてやって来た。「何でテメーがくんだよ」と悪態をついたら、「まあいーじゃねぇか」といつものムカつく笑顔でかわされた。10代目のついでに教えてやっていたら少し時間が遅くなったらしく、10代目のお母様に夕食を勧められてご馳走になった。テーブルの上には沢山の温かい料理が並び、それを大人数で囲む。
「オメーがモタモタしているから、気を使わせたんだぞ!野球バカ!」
「だってオレも数学教えてもらいたかったしさー」
揚げたてのコロッケを頬張りながら、山本はニッコリ笑う。
「獄寺、これすんごい旨いぜ!お前も貰えよ」
「人の話を聞け!」
「まあ、獄寺くん、山本は部活上がりで来たからしょうがないよ」
「いやしかし」
お優しい10代目は、そばにあった唐揚げの皿を取り上げるとオレの方に差し出した。恐縮しながらそれに箸を伸ばすと、後ろから10代目のお母様が声をかけてくる。
「あら、いーのよ獄寺くん。食事は沢山の方が楽しいわ」
「そうですね!お母様!」
「沢山食べてね」
手にしたポテトサラダの大皿をテーブルに運ぶと、お母様はパタパタっとキッチンに戻ってしまう。
「わーい!これランボさんいたたき!」
「☆◆○×△!」
「こら、ランボ!それはイーピンのだろ!」
ランボが、イーピンの皿から何かを取ってしまったらしい。10代目が慌てて割ってはいるので、オレはアホ牛の襟首を掴み上げた。
「ガハハ、オレっちいただきだもんね!」
「このアホ牛!」
テーブルの逆サイドでは姉貴がリボーンさんを膝にのせている。
「食事中に立つなんて行儀が悪いわよ、隼人」
「う゛…姉貴…」
今日の姉貴は何故かゴーグルをずっとかけていたから、オレは辛うじて気を失わずに済んでいる。しかし、グラリと目眩がして身体が揺れたスキに、アホ牛はオレの手の中から抜け出してしまった。
「ぎゃはははははは!スキあり!」
「あ!待ちやがれ!」
白いナプキンを襟元に挟んだリボーンさんは、揚げたてのエビフライをナイフとフォークを使って切り分けていた。
「やれやれ、本当にさわがしいぞ、お前ら」
そのナイフがキラリと光ったかと思うと、壁際を逃げるランボの目の前に深々とナイフが突き刺さっていた。
「腕によりをかけたママンの手料理だぞ。ちゃんと味わえ」
続けざまに飛んできたフォークは、ランボの服を壁に縫い止めていた。
火がついたように泣き出したランボが手榴弾を取り出した後は、いつもの通りの大騒ぎとなっていった。

騒がしい夕食が終わって山本と一緒に帰ろうとすると、10代目が玄関先まで見送りに来て下さった。
「なんか大騒ぎになってごめんね。ちっともゆっくり食べられなかったし」
「いいえ!お母様によろしくお伝え下さい!」
「ホント、美味しかったぜ!」
「テメー!ちゃんと御礼言ったのかよ!」
「まあまあ、大丈夫だよ獄寺くん」
玄関を開けると冷たい空気が流れ込んでくる。外は既に真っ暗だった。
「じゃあ、10代目…」
「ああ、ちょっとまって獄寺くん――はい、これ」
呼び止められて振り返ると、10代目から綺麗にラッピングされた袋を渡された。思わず受け取ってしまってから、10代目を見上げる。
「あの…?」
「これね。皆からの誕生日プレゼント」
驚いた拍子に、手の中の包みがガサリと音を立てた。
「え…だって、オレの誕生日は…」
「知っているよ。九月だよね?」
困惑して山本の顔を見ると、10代目と同じようににこにこと笑っていた。
「獄寺くんの誕生日の時ってそれどころじゃなかったし、その後も色々あって大変だったから全然お祝いってできなかったでしょ?」
「…でも…オレは…」
「獄寺くん、ひょっとしたらそういうの苦手かなって思ったんだけど、やっぱり友達が生まれた大切な日だからお祝いしたいんだ」
――大切な、日?
「よかったな!獄寺」
思わず俯いてしまったオレの頭を、山本がふわりと撫でる。普段だったら頭にくる行為なのに、この時は何も返すことが出来なかった。
「プレゼント開けてみてよ」
10代目にそう言われて、オレはゆっくりと袋の口を縛っている赤いリボンを解いた。
「気に入ってもらえるといいんだけど。獄寺くん、おしゃれだからさー、何買っていいかわからなかったんだよね」
中から出てきたのは、ごくシンプルな黒いシャツ。添えられていたカートには様々な文字が書かれていた。
「京子ちゃんもハルも、ランボもイーピンも少し出して、みんなで買ったんだよ。あ、もちろんオレと山本もね。足りない分は大人の人達にちょっと出して貰っちゃったけど」
10代目はそう言って頭を掻きながらアハハと笑った。
山本が肩に手を回してくる。その温かさに何故か胸が詰まり、顔を上げることができなかった。
「だいぶ遅くなっちゃったけど、お誕生日おめでとう。来年はちゃんとみんなでお祝いしてもいいかな」
ね、獄寺くん。
その言葉に、オレは小さく頷くのがやっとだった。

冷えた空気に、吐き出す息が白く浮かんで溶ける。
自分の誕生日が嬉しいと思ったことは、たぶん遠い昔のことだった。だけど、次の誕生日は違うのかもしれない。
――きっと、今日と同じようにとても騒がしいモノだろうけど。
10代目のお宅からの帰り道、オレは隣を歩く山本に気付かれないようにそっと笑った。






ちょっと時系列がおかしいとか、微妙な矛盾点とかありますけど(汗。
自分で書いていてなんですが、寄せ書きのカードが如実に想像できておもしろかったです。
それから、一応この山獄はできていない…つもり…なんですよ…一応。/つねみ






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