青空 青い空に綺麗な弧を描いて白球がグローブに吸い込まれた瞬間、山本の夏は終わった。 「10代目、帰りましょうか」 地区大会決勝戦、僅差で優勝を逃した並盛中野球部の健闘を称える拍手や歓声が鳴り響く中、スタンドから立ち上がったオレを見上げた10代目は顔も目も真っ赤にして、名残惜しそうに拍手を送り続けていた。 「山本は野球部の連中と一緒でしょうから、オレ達は先に帰りましょう」 「そ、だね…」 俯いて鼻を啜った10代目の「今日で最後だもんね」という呟きに何も返せないまま、観客の間を縫うようにスタンドを後にする間際、一度だけグラウンドを振り返ったその先で、確かに山本がこちらを向いて鮮やかな笑顔を浮かべた。 携帯をソファの上に放り投げると、続けて上体をクッションにぶつけるようにうつ伏せた。 試合の後の懇親会だか何だかが終わったら電話をかけてくるだろうと思っていたし「今から行って良い?」と聞いてくる事も予想してたから「待ってる」とだけ告げたのに、その返事は山本の予想外だったのか、受話器の向こうで一瞬無言になって、すぐ行くとか何とか返す言葉も曖昧なまま慌しく電話が切れた。 うつ伏せたまま目を閉じると、浮かぶのは青い空の下、グラウンドに立つ山本の姿…10代目と別れてからずっと纏わり付いて離れないそいつに、またひとつため息が零れた。 今日優勝しても次の試合で負けたら終わりだし、全国大会で勝ち続けたとしても、いつかは終わりがやってくるのだ。 山本は野球推薦ではなく、10代目とオレと同じ高校に進む事を選んだ…どうせ終わるなら、1日でも早い方が受験に差し障りがないし、オレが受験勉強も面倒見なきゃならないんだ。手間が少ないに越した事はない。 それに…あいつが本当にこのまま守護者としてマフィアの道を選ぶのなら… 「野球なんか、どーでもいーんだよ…」 何度も何度も反芻した言葉が、喉の奥で掠れて消えた。 言葉通りに走ってやってきた山本の体は昼間の炎天下の熱を思わせる程熱く、抱き締める腕に力を込めるとどんどん熱が伝わってきて胸の奥がほんわりと温かくなった。 「獄寺?どーした?」 玄関先でいきなり抱きついてきたオレに一瞬固まった山本の腕が背中に回ると、安堵のため息が漏れた。「ため息は幸せが逃げるぞ」とかふざけた事を抜かしやがった奴こそが、オレのため息の原因だというのは何か理不尽だ。 「応援、来てくれたのに、負けちまったな」 ごめんな、と落とされた声に返す言葉もなく、オレはただ優しく背中を叩く山本の掌の感触に目を閉じて、胸奥からせり上がってくる塊のようなものを飲み込むのに精一杯だった。 オレや10代目と野球を秤にかけるような事などした事もなかったし、守護者として戦いに身を費やす時にほんの少しでも野球の事を考えていたような素振りもなかった…いつだって野球よりも大切にされていたのに。 「これが、最後の試合だから…」 試合に来てくれよ、と笑った山本にいつものように言い返しながらも、内心ほっとしていたのだ。 (そうだ、こいつはもうマフィアなんだ。野球なんかやって仲間達と馬鹿騒ぎしてられんのも、今の内だけだ) この試合さえ終われば、野球部を引退すれば…そうすれば、山本はオレ達の… (オレだけ、の…) それなのに、なんで心から嬉しそうに野球を楽しんでいる山本のアホ面が、いつまで経っても消えねえんだよっ。 野球をやってる山本が好きだった…山本がオレや10代目と同じように、野球も家族も友達も大事にしているのはよく判っていた。 それなのに、オレはきっと山本が大事にしているものを全て奪ってしまう。山本の手を握り締めて、その手が他のものに触れてしまわないように…。 山本が大事にしているもの、ひとつぐらい守ってやれる自分でいたかったのに…。 「今日は負けちまったけど…今度は勝つからな」 ちょっと遠いから、応援来て、とは言えないんだけどなあ、なんてのほほんと呟く山本の声に、胸の奥でぐるぐると渦巻いていたものがぴたり、と治まった。 「……今度、って…お前、今日が最後って…」 顔を上げないままぼそりと呟くと、 「ん?地区大会は今日が決勝だったんだけど、県選抜に選ばれちゃってさあ。敢闘賞もオレが貰ったんだぜ…って、獄寺、表彰式見てないのかよ?」 拗ねたような口調に身を引き剥がして顔を上げると、口端に一瞬だけ触れた唇がすぐに離れて、山本がグラウンドにいる時のような笑顔を見せた。 「なあ…ご褒美、くんねーの?」 「……負けた奴が何ほざいてやがる」 何も知らない女どもが歓声を上げるような爽やかな笑顔を浮かべながらも、その手はするりと背中を滑って腰に絡みついた。引き寄せられるまま胸を合わせるが、近づいてきた顔を押し返すように両手で挟み込むと、そのまま頬を摘んで思いっきり引っ張ってやった。 「いてててっ。ごーくーでーらー」 「文句言うな!ご褒美やるどころか、こっちが慰謝料欲しいぐらいだぜ」 気を揉んで損した、とぼやきつつも、胸の奥に再び熱が灯るのを感じる…口元が緩むのを必死で抑えながらも、熱に浮かされたように山本の首を引き寄せた。 「…てめーがどーしても、って言うんだったら、しょーがねーから応援行ってやっても良いんだぜ?」 ご褒美は勝ってからな、と耳元に囁くと、触れ合った胸元から伝わる熱に、真昼の喧騒と青い空が蘇った。 何だかんだ言うても、ごっくんは野球をやってる山本が好きだと思うんだっ!…つー妄想でお願いします(苦笑)/わんこ |