夏が来る!



 ドアノブにかけて帰ろうと思っていたけれど、そのドアノブが腐ったように熔けて半分落ちていた。二人して呼吸を止めた。山本は静かに背中のバットケースからバットを取り出した。足音を忍ばせて僅かに開いていたドアの隙間に指をかけて開けた。三和土にはいつもの獄寺くんの靴がきちんと揃えられていた。中はシンとして何の物音もしない。山本は、中に先に入ると目配せをした。律儀に足だけでスニーカーを脱ぐのを見て、オレもドアの外で慌てて脱いだ。ビニル袋が音を立てたので山本が振り返るから、ゴメンと片手で拝む。靴の横にそっと置き、山本の後を追った。玄関からまっすぐに廊下、奥は暗くてよくわからない。
「獄寺!?」
 山本の声にそのまま進むと奥の部屋の真ん中に獄寺くんが倒れていた。部屋の中は異常に暑い。汗だくの獄寺くんを山本が抱き起こす間に窓を開けた。さすが13F。風がいきなり入ってきた。見当をつけて浴室の手前でタオルをみつけて濡らして持っていく。蛇口を捻ると熱い水が出てきた。
「なんでおまえがいんだ?」
 予想に反して獄寺君はダイナマイトを指に挟んで山本を脅していた。
「獄寺君!大丈夫なの?」
「10代目!?」
「何があったの?」
「何かありましたか?」
 お互いの言葉が重なる。
「とりあえず花火しまえ、な」
 オレは濡れたタオルを獄寺君に渡し、山本はバットを背中に戻す。
「あ」
 入り口に戻って靴を中にしまい、水ようかんを持ってくる。
「10代目、ちょっと水浴びてきていーっすか?」
「倒れてたんじゃないの?」
「いや、寝てただけッスよ」
 残された山本の頬が赤くなっていた。
「もしかして…」
「ぐーでやられた」
 へらっと山本は笑った。獄寺君のためのタオルは山本の頬に張り付いた。強いシャワーの音がしている間、オレ達は興味深げに獄寺君の部屋を見回して、同じところで目線が止まった。暑さのせいかも。と思って、目を擦ってから見たけどそれは消えていなかった。
「山本、オレ変なものが見える」
「オレも」
 獄寺君は床に寝転がっていた。そこにはクッションが並んでいた。恐らく枕にしていたんだろう。そして、部屋の隅には、その、いわゆるブラジャーが転がっていた。
 いつのまにか居候が増え続けているオレんちでもそのテの物は見えないようにしてくれている。ビアンキがよく見せているけど、あれはただの紐、と言い聞かせて最近やっと慣れたというのに。
 クッションが二個。アレ。汗だくで今まで寝ていた獄寺君。
 黙り込む山本をチラと見ると同じことを考えているようで目を丸くしていた。
「こんなかっこですみません」
 そんなとこに、ざっと拭いただけの獄寺君が腰にタオルを巻いただけで出てきた。気のせいか、なんか眩しい。机を並べるクラスメイトが先に大人になっているようで、うらやましいような恥ずかしいような。獄寺君着痩せすんだなー。隣の部屋で着替えて出てきた獄寺君はほんとにキラキラしているようで。ついキスマークなんてもんを探してしまいそうで目をそらした。
「どうしたんっすか?あ、すみません。ここ暑いっすよね、クーラーかけますね。ちくしょ飲むのとかねーな。ちょっと自販行ってきます。あ、そういえばあいつなんか持ってきてたな」
 決定的だよ。誰か来てたんだ。ゆうべ。ちょっと獄寺君。オレ達まだ14歳で、いくらきみがイタリア育ちとはいえ刺激的過ぎるんですけど。
 冷蔵庫から出したポカリ2リットルはたちまち水滴で覆われる。くわえ煙草で獄寺君がグラス3個にポカリをそそぐのを黙って見ているしかなかった。オレと山本はどうやって壁際に転がるアレのことを獄寺君に伝えるべきか迷っていた。獄寺君の視界にもばっちり入っているのに気付かないなんておかしいよね。それともそういうのがあっても不思議じゃないわけ?
「お待たせいたしました」
 どうぞ、と差し出されて手に取る。ついで、といわんばかりに山本にも渡す。黙って口をつけるもそもそも味なんてわからないぐらいオロオロしていた。
「もしかして…ボンゴレになにかありましたか?」
 オレ達がしゃべらない状況を誤解する獄寺君を山本が遮った。
「獄寺」
「あんだよ」
 口火を切ったものの山本もどう話していいのか決めあぐねているようだった。
「ドアノブ、何があった?」
 獄寺君は目を見開いた。まるで知られたくなかったことかのように。立ち上がって玄関へと走っていきちくしょー!と叫んでいた。
 あれ?
 予想と違うリアクションだった。
 決死の覚悟だった山本も同じようで、二人とも玄関に向かう。
「管理人にばれたらまたうっせーな。おい野球バカ、おまえこういうの得意だろ」
 工具と新しいドアノブを思わず受け取った山本は流れでドアノブの交換作業に入った。あれ?もしかして。
「姉貴がどうやって下のエントランスを突破してるのかわからないんですけど、いつもここは実力行使なんッスよ。夕べも急に来やがって、いつものように、で、さっきまで寝ていたってわけです」
「あ、あのポカリもビアンキが?」
「未開封でしたから毒は入っていないです。日本の夏は熱中症が危ないってシャマルに言われたみたいで、夕べみたいに暑いと無駄に過保護になるんッスよ」
 だったらクーラー入れてから帰りやがれとぼやく獄寺君は部屋に帰るかと思ったけれどそのまま山本が作業を終わるのを見ていた。
 山本は難しい顔をして最後のねじを回して工具と熔けたドアノブを獄寺君に渡した。
「サンキュな」
「次からもしてやるよ」
「あってたまるか」
 山本のおしりを蹴りながら獄寺君は笑っていた。理由がわかれば学校にいるのとなんら変わりがないとわかる。部屋に戻るとすっかりクーラーが効いていて超涼しかった。
「獄寺君、それ、ビアンキの?」
 オレの指先を辿って転がるソレに獄寺君はこの世の物とは思えない低いためいきをついて、クッションを投げつけた。
「あんのクソ姉貴が。思春期の弟をなんだと思ってやがる」
 見えなくなったことで終了、とばかりに獄寺君はにこっと笑った。
 ――考えてみればビアンキはさっきまで家にいなかったってことは、きっと一晩中獄寺君の横にいたんだろうな。兄弟がいないからそういうのってよくわかんないけど、きっとビアンキは獄寺君が思う以上に獄寺君のことを思っているんじゃないかな?
 そして、もう一人。平気な顔をしているけれど、もしかしたら本人すら気付いていないかもしれないけれど、山本だって獄寺君になにかしら思っているようで。
 二つの矢印が自分に向いているなんて気付かない獄寺君はひたすらオレに向かってしゃべっていて。
 クッションの下に隠されたアレがまさかこんな鮮やかに近しい人たちの人間関係を浮きだたせるなんて、いくら鈍感なオレでも気付くっていうの。
 今年の夏はなにか起こりそうだと、今まで全く役に立ったことがない直感が告げていた。
 でも、この状況をするアレコレをオレはまだ持ち合わせていない。だから獄寺君の話に笑ってうなずくしかなかった。






macedonia:箕和さんの嶽園祭での新刊にインスパイア(すみません。モロパクリです。ご本人には連絡済です)された夏と獄寺とブラジャーと。自分の気持ちに気付いているんだかなんだかの山本と10代目に尻尾をひたすら振るごっくんを書きたかったのでした。きっと並盛は家賃も安いんだよ。ボンゴレレベルの庶民アパルトメントは並盛の高級マンションだったんだよ。20080714/だい。






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