愛とは、見えないものである



  翌朝、ランボはリボーンのキスで起こされた。
 枕を抱えていたランボは片目だけ開ける。
「ツナの用事ででかけてくるから夕方まで自由行動だ。英語はだいたい通じるし、ここは銃を持っているやつはほぼいない」
「携帯は?電話しても?」
「あぁ、出られるときは」
 するりとリボーンの首に両手を回してキスをして行ってらっしゃいと送り出した。

 時差ボケと長時間の移動とセックスで疲労した体をバスで暖めた。
 同じ体とはいえ、リボーンの体力は尋常じゃない。俺に隠れてプランツ用の特別なクスリとかあるんじゃないの?とぼやけたことを考えていたら昼頃にやっと頭まで起きた。
 自由行動たってこの街のこと何も知らないし、と部屋の引き出しから英語のガイドをとりだして一通り目を通す。TOKYOは有名でも、そこに何があるのかシチリア島の片隅で生きていたランボは知る由もなかった。カジュアルな服装にダウンコートを羽織り昨日行ったデパートまでの道を辿ることにした。昨日の東京駅ほどじゃないが、それでも行き交う人々は後から消えない。スクランブル交差点を渡るたくさんの人々、信号の明滅で流れの変わる車道。イタリアだって人はたくさんいるけれど人種が少ないことが不思議でランボは何度か信号を遣り過ごして眺めていた。
「Excuse me, May I help you?」
 振り返ると、警備員のような制服の若い男が固い笑顔で立っていた。彼の後ろをみると小さなpolice station。カラビニエリ――ポリスか、と頭一つ低い彼をもう一度見るが、ちょっと緊張してしまう。なにせ、イタリアではマフィアの端くれなのだ。日本の警察は優秀っていうからバレたのかと心臓が跳ね上がる。だいじょうぶ、だいじょうぶ。ランボの緊張が伝染したように、目前の彼の笑顔も強張っていく。
 彼はぎこちない英語をもう一度繰り返した。
 あ、とランボは我に返る。交差点で交番の前で何回も信号が変わるのに動かなかったらそれは不審者だろう。
 ええと、こういう時はなんて言うんだっけ?数日前から簡単な日本語はリボーンから教えてもらっていた。
「――カブキ座はどこですか?」
 咄嗟に浮かんだのが、さっきのガイドブックで目にした歌舞伎座だった。
「日本語わかります?」
 わからないけど、まぁいい。
「こちらをまっすぐ。十分ほど歩きます」
 ランボの腕を軽くつかんで、方向を変える。昨日行ったデパートの方角だ。ここを歩いていけばいいのか。うん。とランボは肯いて微笑む。

 そこに行くつもりは無かったけれど目的も無いしとたどりついた歌舞伎座はイメージ通りの日本の家屋だった。日本語は全く読めないから何がなにやらだけれども、古式ゆかしいけれど華美な建物とそこに出入りする客の姿を歩道の端で立って眺めていた。場所柄着物姿が多いから余計にランボの目には異国情緒が増して映った。コスプレ好きな相棒がいるから様々な民族衣装を見てきたけれど、実際日本人が着ている着物というのはうわべだけじゃなくて、小柄な体にぴったりと合っていて、とてもかわいらしく映った。さて、どうしようかと思っていたら小柄なご婦人が目の前でつんのめった。あわてて手を差し出して支えると絹の優しい手触りと馥郁とした香りが漂った。
「ありがとう。あら、サンキューベリーマッチ」
 ランボはプレーゴと返しながらにっこり笑った。ボヴィーノのボスぐらいの女性に渋い桃色の羽織が似合っていて、裾を整えるまで片手を持っていた。
「助かったわ。ありがとう」
 リボーンがいたら何を言っているのかわかったのになぁ、とランボは微笑みを返すしかなかった。柔らかな小さな手を握ったままだったので、慌てて離すと連れのご婦人達が笑った。
「これいかが?」
 彼女が持っていた小さな包みを渡した。
「おみやげにちょっと多めに買っちゃって、よろしければどうぞ」
 その笑顔におしきられてランボは掌サイズの小さな布袋を貰った。
 やがて開場したようで歩道に溢れていた人々が立派なその建物に吸い込まれていった。ガードレールに寄りかかって眺めていたランボは、ポケットに入れた掌の中、小さな袋は熱を持っているわけでもなくふくふくと暖かい気がした。さてこれからどうしようかと思ったところで携帯が鳴った。
『こっちは終わったけど、どこにいる?』
「歌舞伎座の前」
 十分ほどしてタクシーから降りてきたリボーンはボルサリーノこそ無いけれどいつもの格好だった。
「カブキ、観たいのか?」
「いや、なんとなくたどりついた感じ」
「そうか。この後の予定は?特にないな」
 リボーンはざっと演目に目を走らせて、チケット売場に進んだ。
「一幕だけ観ようぜ」
 スーツの内ポケットにマネークリップをしまってランボにチケットを一枚差し出す。慌てたのはランボだ。
「こんな格好でも大丈夫?」
 オペラグラスにジーンズやブーツで行かないように、歌舞伎座にこんなミリタリーっぽいジャケットとブーツという格好で入るのは気後れがする。
 そんなランボを一瞥したリボーンはOKとサインをつくる。
「着物の人も多かったから正装じゃないとまずくない?」
「大丈夫だ。グッチだろ?それに天井桟敷だからそこまで考えなくていい」
 そりゃリボーンはいつだって正装だけどさ。ランボは建物の迫力に気圧されながら提灯が並ぶ下のレッドカーペットを歩いた。

 英語のイヤホンガイドもあるけれど、生で観た方がいいだろうと借りるのを辞めた。その代わり演目の間中、リボーンはランボの耳元でイタリア語で簡単に説明をした。ランボは観ることに集中して耳からの情報は殆どスルーだった。けれども伝統芸能にやや興奮気味で機関銃のように感想をリボーンに伝えた。
 すごくキレイだった。カラフルな着物の袖から伸びた真っ白に塗られた手は何も持っていないのに、小さな鞠があるように見えたし、恋の悲しみや嫉妬がすごく伝わってきた。それもあの可憐な二人の娘さんを男性がそれもオレより年上の人達が演じているのにとてもびっくりした。どうみても十代の女性にしか見えないのに。等々。
 二人はそれから散歩がてら銀座をぶらりと歩いて洋服やツナと隼人へのおみやげを買い、ホテルに着く頃には両手に持てるだけの紙袋を持っていた。
「あ、これこれ。なー、これなに?」
 ベッドの上に寝転がりながらランボはご婦人に貰った小袋を出す。巾着のリボン結びを解くとビニル袋に入ったカラフルなお菓子みたいなのが出てきた。
「コンペイトウだ。砂糖菓子」
「じゃあさ、じゃあさ、これなら隼人もツナも食べられるよね?」
「そうだな」
「食べるの勿体ないなぁ」
「数年は持つだろ?」
「んー、そんな色気無い話じゃなくてさー…でも、なんて言えばわかんないや」
 あおむけになって、青や赤、黄色や白の小さな星形の砂糖菓子と光に透かす。冬の夕方は足が早くてまだ五時なのにもう窓の外は真っ暗だ。白い蛍光灯の元、リボーンはバスとコーヒーの準備を始めた。
 リボーンがいたらあのノーナ(おばぁさん)がなんて言ったのかわかったのにな。日本語、もっと勉強すればよかったけれど。あの警察みたいに英語で話してくれれば、片言な英語だったけれども自分にはわかったし。なんていうのか一生懸命なのが微笑ましかったなぁ――。
「リボーン、日本(ここ)ってどのぐらい英語通じるの?」
「大体通じるんじゃないか?」
「歌舞伎座の前でノーナが何を言っているのかわかんなかったから」
「そうか。一般の人はどうだろうな?人によるだろうけれど、もしかしたらそんなに通じないかもな」
「あんなに英語表記があるのにね」
 道行く人は殆ど日本人だった。英語を使うことは希であるのかもしれない。だったら、あの警察はオレなんかに話しかけるのも相当緊張したんじゃないかな?オレはオレでマフィアってばれるかもって考えてしまったけれど。オレが困っていると思って、彼はもしかしてあまり使わない英語で一生懸命伝えようとしていたのかもしれない。そしてあのノーナもただ手をとっただけなのに。彼女は嬉しかったのかもしれない。すぐには気付かなかったけれど。二度と逢わないオレにそんな心を配ってくれるなんて嬉しいな。
 金平糖を胸に考え込むランボがあまりにも無防備でリボーンはその額にキスを落とした。
「リボーンは優しいよね。オレなんてなーんの役にも立たないのに、こうやって仕事に連れ出して新しい世界をいくつも見せてくれるなんてさ」
 “暇だからな”、なんてリボーンが誤魔化ことも想定済みでランボは言葉を投げる。実際そうなったらなったで、リボーンを愛しいと思う気持ちに替わりはどこにもいない。広いこの世の中でたった一人の自分の半分。生まれる前に分かれた半身ではなく、出逢ったから分け合えた半分の自分。生をもらった時は別々だけど死が二人を分かつのは同じ瞬間。こんなしあわせな関係だけど、それすらももう意識することはないような気がした。リボーンがいるから自分がいて。その反対もしかり。これは家族という繋がりの中では当たり前に持つものなのかな?ランボは思う。だとしたら、ファミリーってなんて素敵なものなんだろう。今、オレはリボーンと同じように自分をとりまく人々がとても愛おしい。ツナや隼人に逢いたい。逢って愛しているよって伝えて抱きしめたい。また二人には逃げられちゃうだろうけれど。
 そういえば、とランボは気付く。リボーンがブラディと呼ぶ骸はランボの前では一度もブラディ(そ)の片鱗を見せたことはなかった。悲しきプランツドール。でも、きっと彼もツナに会ってこういう感情を覚えたのかもしれない。お金でも地位でもなく愛しいという気持ち。だったらオレが伝える相手はツナでも隼人でもなく――。
「リボーン。愛しているよ」
 いつだって自分の心を読むことができるランボのプランツドール。そして愛しい人。
 ――おまえがこうやって生きていることに限りない愛を感じる。後どのぐらいオレ達の命の蝋燭が残っているかわからないけれど、こうやって抱きしめられるなら、いっぱいいっぱい抱きしめるよ。そして伝えるよ、愛しているって。何度でも。愛してるって。






バレンタインといえばプランツリボラン。ということで、日本に遊びに来てもらいました。でも、本当に書きたかったことが書けなかったので、リベンジです。
だい。/20090214






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