午後の散歩



 骸は壁にかけられたアンティークの柱時計を見上げ、おや?と呟いた。古いオルゴール特有の柔らかい音色が流れ出す。
「隼人が来ませんね」
 天井まで届く高い書架に囲まれた書斎は、ボンゴレの屋敷の中でも骸の好きな場所の一つだ。そこに昔からかけられている柱時計は、時間に合わせて美しいオルゴールの音色を奏でる。薄い金属盤を自動的に交換し、三種類の音色が流れるが、そのうち三番目に流れる音色が、隼人のお気に入りなのだ…この屋敷に来ている時は、必ず顔を出すほど。
「…昼はサンルームで食事を取りましたね」
 初めて会った頃より、見違えるように活発になり心配はないと思うのだが、一応世話を任されている身としては放っておく訳にもいかない。
「仕方ありませんね。散歩にでも出掛けますか」
 骸は手にしていた本を閉じると、書斎を後にした。

 骸と隼人は人間ではない。生きている人形として知られているプランツ・ドールである。考えられないような高額な値段で取引され、恐ろしく手のかかるプランツ・ドールは金持ちの道楽として知られていた。一般的には隼人のような小さな子供の姿をしているとされているが、中には骸のように成人男性の姿をしている者もいる。一生のうちで出会う事すら稀と言われている彼らは、半ば都市伝説となっているのだ。
 しかし彼らのマスターは二人共に年若く、それぞれ違った経緯でそれぞれのマスターと出会っていた。骸のマスターは若きイタリアンマファアのボスであり、隼人のマスターはその右腕だった。
 この日はその二人揃って外出しており、隼人は屋敷に預けられたのだ。初めて来たときは、食事であるミルクを飲もうともせずに、一言も発することがなかったのだが、最近は随分と慣れたようで、広い屋敷の中を歩き回っているらしい。
「…さて。何処に行ったのでしょうね?」
 骸はどことなく楽しそうに、廊下を進んで行った。

 まずは、最後に姿を見たサンルームへと足を向ける。中を覗くと、年若いメイドがピアノを磨いていた。
「すみません、隼人を見ませんでしたか?」
 いきなり骸に笑顔で声をかけられたメイドは、少し頬を赤らめつつ答えた。
「隼人様なら、12時過ぎにこちらに参りましたときに、ピアノを弾いていらっしゃいました。扉の外にいた私に気付いて扉を開けて下さいましたが、また後で参りますと申し上げましたら、ありがとうとにっこり笑ってくださいました」

 サンルームを出て骸が次に向かったのは、この屋敷の厨房だった。食事であるミルクを温めるため度々訪れている隼人は、ここの料理長にも思いの外なついていた。
「すみません、隼人を見ませんでしたか?」
 自分のマスターにお茶を入れるのが好きな骸は、この恰幅の良い料理長とも顔馴染みだ。料理長はドルチェを作る手を止めて笑いながら答えた。
「隼人様なら、1時過ぎにひょっこりやってきたよ。丁度生クリームを泡立てていたから、少しだけ一緒につまみ食いしたね。口の端にクリームを付けていたんで、ナプキンで拭いてあげたんだ」

 骸は厨房を出ると、広い庭へ出た。料理長が庭へ向かう隼人を見送ったからだ。
「…しかし庭は広すぎますね」
 どうしようかと思案していると、向こうから丁度庭師が歩いて来るのが見えた。この穏やかな老人とも、隼人は顔見知りらしい。
「すみません、隼人を見ませんでしたか?」
 老人は良く日に焼けた顔に笑みを浮かべた。手にしていたバケツを上げて見せる。そのバケツは薄いピンクの薔薇で一杯だった。
「2時前でしたかな。薔薇園で剪定を兼ねて花を切っておると、ひょっこりいらっしゃいました。楽しそうに見ていらっしゃるので、棘を取って何本か分けて差し上げました。部屋に飾るって喜んでいらっしゃいましたよ」

 骸は屋敷の中に戻ると少し悩んだ。
「隼人が“部屋に”と言うなら、山本の所でしょうか。しかし飾るにしても、花器がないといけませんね」
 骸はメイド長の所へ向かった。ノックをすると、彼女はにっこりと笑って骸を出迎えた。
 他のメイド達より年齢が上のメイド長は、いつも姿勢が良く凛とした女性だ。隼人はこの女性にもよくなついている。
「隼人様のことですか?」
 彼女は骸が質問する前に、そう切り出した。骸は珍しく目を見開いて驚いている。
「先程、花器を探しにいらっしゃいましたよ」

 ――遡ること1時間前。
 隼人は骸と同じようにドアをノックしていた。彼女がドアを開けると、ピンクの薔薇を手にした隼人がたっている。
 彼女は膝を折り隼人と目線を合わせると、にっこりと笑った。
「隼人様、綺麗な薔薇ですね。」
 隼人も笑顔を見せる。
「にわでもらった。へやにかざりたい。」
「ああ、花器が必要なんですね?」
 隼人は大きく頷いた。
 彼女は隼人を招き入れ、花器が保管されている部屋へと入る。広い屋敷は常に様々な花を飾っている。それだけに沢山の花器を保管していた。
「五本ですし、あまり大きな花器では駄目ですね…このあたりですか。」
 彼女が示した棚は、様々な比較的小さめの花器が並んでいる一角だ。隼人は精一杯首を伸ばして棚を見上げていたが、すぐに一つの花器を指差した。
「あれ、かりていい?」
「ええ、もちろんですよ」
 隼人が選んだのは、青磁のシンプルな花器。柔らかなグリーンがピンクの薔薇を引き立てるだろう。
「では、隼人様。ご一緒に生けますか?」
 彼女の言葉に隼人は嬉しそうに頷いた。

「どの部屋に持っていかれたかは、約束しましたので内緒です」
 メイド長の彼女は楽しそうに微笑んだ。
「ヒントも貰えないのですか?」
 骸の楽しんでいる笑顔に、彼女は人差し指を立てて“では一つだけ”と言った。
「このお屋敷の中で、いくつかある花を飾っていないお部屋の一つです」

 廊下の大きな窓から差し込む光は、だいぶ傾いていた。
「花を飾っていない部屋、ですか。」
 この屋敷は、働き者のメイド達のおかげで、大抵の部屋に何らかの花が飾ってあった。
「ボスの部屋にもありますし…二階ではないそうですから、山本の部屋でもありませんね…」
 メイド長は“オマケですよ”と、二つ目のヒントまで骸に教えてくれた。
「それにしても広すぎですよ」
 ――やはり地道に聞き込みでもしますか…。
 そう思いながら骸が足を進めていると、廊下に微かにオルゴールの音色が流れてきた。
「一番目の曲ですね…もう一時間たちましたか」
 そこまで呟いて、骸はあることに気付いた。
「…そういえば書斎には、花はありませんね」
 ひょっとして、という思いを持ってい、重厚な木製の扉を引く。

 本のために書斎には窓が少なく、部屋は薄暗い。三つある縦に細長い窓からは、長く暖かな光が差し込んでいる。その赤い光に照らされて、ソファで隼人が眠っていた。座ったまま眠ってしまったらしく、靴もはいたまま横になり、少し身体を丸めるようにしている。
 その傍らのテーブルには、薄いピンクな薔薇が飾られていた。
「…見つけましたよ」
 骸は楽しそうに笑うと、静かに近づいて行った。途中、椅子にかけっぱなしになっていたブランケットを手に取ると、隼人に近づいてそっと靴を脱がせる。
「…んっ」
 少し身動ぎしたが、再び隼人は眠ってしまったらしい。骸はその身体に、ブランケットをかけてやった。
「隼人の好きな曲まで、後二時間ありますよ。その前に起こしてあげますね」
 隼人の寝顔に呟くと、骸は読みかけの本を手にとっていつもの椅子に腰掛けた。
 手元を照らすスタンドに灯りを灯すと、側にある薔薇の花弁が淡く光を弾いていた。






本当はプランツ骸さんの話だったような気がする(爆。山本出てこないなぁ…何故だろう…反省します(笑。/つねみ






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