眠れぬ夜のホットチョコレート 「むくろ…」 灯りを落とした部屋の中、小さな声がひとつ響いた。ソファに座って目を閉じていた骸は、音もなく立ち上がり幼い主が眠るベッドへと歩み寄った。 「眠れないのですか?」 枕元に手をついて屈み込むと、 「うん…あのさあ、またあれ飲みたいな」 ふわふわの羽根布団に鼻先まで潜り込ませて、ちっとも眠くなさそうな大きな瞳で見上げるツナに、骸は苦笑するしかなかった。 「ちゃんと歯磨きする事」 「うん」 「明日の朝ご飯のサラダも残さない事」 「うんうんっ」 「…にんじんも、ですよ?」 「うっ…うん…」 勢いの良かった声が小さくなるが、それでも闇の中、骸を真っ直ぐに見上げる目は自分自身さえも誤魔化す事を知らない目だった。 「寒くないように、ちゃんと上着を着て起きて下さいね」 冷えた掌が柔らかい皮膚に触れないように慎重に髪をすくと、心地良さそうに目を細めたツナが大きく頷いた。 バスルームだけでなく簡易キッチンまで備えられたツナの部屋で、家庭教師の「指導」の合間にお茶を入れるのが骸の日課になっていた。 朝食に出された牛乳を「キラい」と拒絶する事も出来ずに、しばらくじーっと睨みつけていたかと思ったら一気に飲み干して肩で息をしてたツナに気づいた骸は、家庭教師の「指導」の合間に部屋を抜け出して屋敷の厨房へと赴き、道具と材料を分けてもらって部屋へと戻った。 邪魔しないようにそっと扉を開けると、気づいたツナが助けを求めるように潤んだ瞳で骸を見た…余程、手厳しい「指導」だったのだろう。そんなツナの様子を見て苦笑いを浮かべる家庭教師とちらりと視線を合わせると、骸は手にしていた琺瑯のミルクパンを掲げた。 「さあ、お茶にしましょうか?」 骸の隣で嬉しそうにホットチョコレートを飲むツナを眺めて、有能は家庭教師は「ま、飴と鞭って言うからな」とエスプレッソを啜りながら、部屋の中でも目深に被ったボルサリーノの下でにやりと笑った。 パジャマの上にガウンを着て、それでも広すぎる部屋は寒いから布団の中から毛布を引っ張り出して羽織ったツナが寝室を出ると、簡易キッチンから甘い匂いが漂っていた。ぱたぱたとスリッパの音を立てながら、勉強部屋兼リビングを横切って小さな簡易キッチンに飛び込む。骸が真っ赤なミルクパンの中に小さく割ったチョコレートを放り込むたびに、ぽちゃり、と水面を揺らす小さな音がして、ほんわりと甘い匂いの湯気が上がっていた。 「オレもやりたい!」 伸ばされた小さな両手に笑いながら残ったチョコレートを託すと、ミルクパンの中身をゆっくりと掻き混ぜる骸の傍らで、ツナが一生懸命チョコレートを割っては放り込んだ。本人は精一杯力を込めているのだろうが、小さく割るのは難しいらしく、チョコレートを両手で握り締めてしばらくうんうん唸った挙句に大きな塊のままどぼん、という状態だったが。 ツナが大きいまま入れたチョコレートがなかなか溶けずに、延々と掻き混ぜ続ける骸の隣で、いつまでも握っていたおかげで溶けて掌にこびりついたチョコレートを、ツナが美味しそうに舐めていた。 「ん、おいしい。むくろも味見してみる?」 チョコまみれの指先で余ったチョコレートの欠片を摘み上げて差し出すツナを見て、骸は一瞬手を止めて首を傾げて困ったように笑ったが、 「いただきます」 ツナの細い手首を握り締めて、指先ごとチョコレートを口の中に招き入れた。 明日は、シャマルのところにメンテナンスに行かなくては。 そんな事を思いながら。 骸さんの食事は基本ワインですが、チョコも中にナッツとか何も入っていないやつなら大丈夫だったようです、っつー事で(こじつけー!) ツナにあれこれ餌付け(爆)されるたびにシャマルんとこに駆け込んでメンテナンスしてもらってるよーです…なんか、ヘタレくさいぞ(汗)/わんこ |