FANTASMINO 山本は最後の手段で、神出鬼没の綱吉の家庭教師をやっと捕まえた。この世のことで知らないことは無いと思われるほど博識で情報通の彼のことだ。きっと何か知っているはずだ。 「何のために探してんだ?」 「ランボが隼人のことを二番目にかわいいって言うから」 「……親バカ」 ボルサリーノの陰で山本を見下した笑いを零された。 「隼人を一番と思うのはてめーだけでいいじゃねーか」 「確かにな」 隼人はこの家庭教師を感覚的に怖がっていて、彼が近付く気配がしただけでどこかに隠れるようになっていた。 「奥から三番目本棚の陰にいるぞ」 「サンキュ」 書庫の闇に消えるように家庭教師の気配が消えた。山本は気にも留めずに書庫の奥へと足を進める。 「隼人」 ぱたぱたと小さな足音がして後ろから足に抱きつかれた。先に山本の足音を聞いて背後をとったらしい。 「待たせたな」 小さないたずらが成功した隼人はくすくすと心の底から嬉しそうに笑う。山本は両脇を掬い上げるように抱き上げた。 「びっくりした?」 「びっくりした。すごいな隼人」 隼人が山本に小さな両手を差し出すから、山本は隼人をゆっくりと抱きしめた。山本の暖かさに包まれて、隼人も満足そうに山本の胸に顔を傾けた。 「隼人は太陽の匂いがする」 柔らかくて繊細な髪に山本は顔を埋めてくんくん匂いを嗅ぐ。隼人は頭の上の山本の顔を両手で触る。 「隼人に逢えて、ほんとに良かった」 ――ぼくも。 隼人はそう伝えたくて顔を上げようと身を捩った。 「隼人発見」 語尾にハートマークが聞こえた。 隼人は一瞬固まって、Oの形に口が変形し声にならない叫び声を上げた。隼人とじゃれていたとはいえ、全くランボの気配を感じなかった山本は自身に呆れる。そんな二人に構わずランボは膝をついて、ビニル袋を床に並べ始めた。 「山本さん、これこれ。きっと隼人に似合うと思うんで、着せてみてください」 「何、それ?」 「ハロウィーンの隼人用の仮装。こないだ仕事で日本に行ったときに買ってきたんだ。絶対これ隼人にぴったりだと思う」 ランボが広げたのはオレンジの子供用のフード付マントだった。隼人は山本にしがみついて恐々とランボを振り返っている。 「全部隼人のだから。試すだけ試してみてね」 ランボはウィンクをして立ち上がった。 「着せていかないのか?」 「隼人の泣き顔を見たいわけじゃないんだ。ごめんね、隼人びっくりさせて」 ――今の登場も充分驚かされてんだけど。 イマイチ気の使い方が散漫で、ランボらしいといえばランボらしかった。そっと隼人の銀髪に指先を差し入れて数回撫でて離れた。 隼人はランボが自分に背を向けたことで気を緩め、山本が手にしたマントを見つめる。 「着てみるか?」 「やまもと、みたい?」 「ん!」 山本は一目でそのマントがどんな形かわかってしまった。悔しいけれどランボの言う通りだ。きっとこれは隼人に似合うだろう。 隼人は山本の腕の中から出て、そのマントに袖を通してフードを被った。 「か、かわいい……」 「かわいい?」 どもる山本に隼人は不安を募らせる。 「すっごくかわいい。鏡ないかな?隼人、ちょっと歩いてみて」 隼人が羽織ったマントはフードの部分が三角の目と口の入ったジャック・オー・ランタンになっていて、目深に被ればかぼちゃのおばけができあがった。かぼちゃが大きめに作られているので隼人ぐらいの背格好の子供だと、視界が狭まってゆっくり歩く事になる。勿論、フードを上げて普通にマントとして使うこともできるが、やはり今日はちゃんと被らせたかった。 「Trick or Treat」 「とりっくおあとりーと?」 本棚に寄りかかって目を細める山本の前で、かぼちゃがゆらゆらと揺れる。山本の言葉を繰り返す隼人がかわいくてたまらなかった。 隼人は小さな両手でカボチャのフードを押さえて、その下から山本を見上げた。 「まえみえない」 「いいよ。こうやって」 山本はかぼちゃのお化けの格好をした隼人を抱き上げた。 「抱くから」 「だったらいい」 ランボの置いていった紙袋を片手で手繰り寄せてまとめる。 「とりっくおあとりーと?」 「Trick or Treat」 「とりっくおあとりーと!」 「そう、Trick or Treat」 腕の中で覚えたての言葉を隼人が繰り返すたびに山本も繰り返した。そして厚い暖かなマントの手触りを確かめるように、隼人は何度も触っていた。 「気に入った?」 「うん。きもちいい」 「そっか、じゃ、今度ランボにありがとう言わなくっちゃ」 「………」 「隼人?」 「ランボ、そこにいる」 かぼちゃのお化け――もとい、隼人が指差す方向、図書室の壁際に家庭教師とランボが影のように佇んでいた。二人に近寄ろうとしないのは、家庭教師がランボの腰に腕を回しているからだ。 「隼人を怖がらせ過ぎだと怒られちゃいました。山本さん、どう?」 「見ての如く」 山本の自信に溢れた声にランボは笑う。 「やれやれ。ほんとにプランツマスターはタチが悪いのばかりだ」 「例外もいるぞ。ブラディんとこはプランツが偉そうだ」 「それはウチもだ。――邪魔者は消えるとしましょう、チャオ」 ランボは家庭教師を促して二人の視界から消えた。 山本の胸ポケットに入れている携帯が震えた。 「隼人、電話とってさっきの言ってみて」 「いいの?」 頷く山本に携帯を取り出して、「とりっくおあとりーと」と呟いた。決死の面持ちで向こうの音を聞く。 「ツナが、かえるまえによって、って」 「今から向かうなー」 山本はぞんざいに返事をすると回線を切るように頷いた。隼人は慎重にボタンを押した。 「…かわいいよ、隼人」 綱吉はもう一度「とりっくおあとりーと」と恥ずかしげに呟く隼人の両手に山盛りのキャンディーを零した。 「俺も忘れていたんだけどさ。ランボ大好きなんだよね。小さい子にこういうことするの」 綱吉はこの間と同じように遠い目をした。今回はそれに懐かしむような表情がプラスされていた。どうやら悪い記憶だけじゃないようだ。 「おや、随分かわいらしいファンタスミーノですね」 隼人の視界の外から骸の声がした。 「マスターはキャンディですか。じゃあ僕はチョコレートをあげましょうね」 隼人の視界にオレンジやピンク、カラフルなセロファンの雨が降った。 リボラン書きたかったのなのその2。あれだ、元ソニプラのカボチャマントにorzこうなって、一気に書いたんだ。そうそう。つねみさんのような愛らしいごっくんは難しいです。山本は甘いしね。ふふふ。でもプランツの人たちを書くのは楽しいのな。イタリア語でfantasmaが「お化け」で、fantasminoになると「小さなおばけ」なんですって。 だい。 2007/12/07 |