愛とは、次(みらい)を信じることである。



 視界は全てミルク色だった。甘い香りもするようで、ランボはくんと鼻を嗅いだ。体は軽く、心は弾んで、まるで天国にいるみたいだなぁ、と呑気な事を考えた。暖かいものに包まれて、ぐるんともぐりこむと、やわらかなものがランボをくるんで幸せが満ちあふれた。
『アホ牛、起きろ』
 そんなことを言うのはアイツだけでいいのに。僅かばかり幸せな気持ちが崩れて文句を言おうと目を開く。
 目の前には見知らぬ男。その腕の中でランボは幸せを享受していた。
 ええと、これどういう状況??
「すみません。どちら様でしょうか?」
 整った、男から見ても宗旨替えをしてもいいと思わせる両性具有の魅力を持った男だった。鋭く切れ上がっているのに黒目がちな瞳が愛らしく、まるで神が作った造形かと思われるほど完璧なバランスの中、唯一の欠点であり愛らしい部分であるたれ眉が歪んだ。
「まぁいい。とにかく起きろ、話はそれからだ」
 男は腕をほどき、ベッドを出ていったがその後ろ姿は全裸だった。ランボは真っ青になって見下ろすと自分も全く服を着ておらず、というか全裸以外の何者でもなくて。隣の部屋から水音が聞こえるからシャワーを浴びているというのはわかるけれど、っていうか、ここ自分の部屋だし。見慣れた部屋なのになにか違和感がある。っていうか、あの男は誰?ランボはシーツをたぐり寄せたまま混乱の極みに陥っていた。膝を抱えてみると部屋同様、体にも違和感がある。記憶の中の自分の体と感覚が違う。寝ている間に伸びることってあるんだろうか?いや、伸び過ぎだろう、と、とりあえず起き出した。
 立ち上がって更にわかる。記憶の中とは十センチ以上も変わっている。一時的な記憶喪失かなんかだろうかととりあえず床に落ちているバスローブを羽織り、キッチンへと入り冷蔵庫を開け、ミネラルウォーターを選ぶ。考えずとも体が勝手に動いて、どこか意識は浮遊していた。
 背後に先ほどの男がいた。
「悪いんだけど、記憶がない。あんた、誰?」
「あんの藪医者が」
 男の濡れた黒髪のすきまから鋭い眼光が瞬いた。ぽたぽたと落ちる水滴が白い胸元に落ちていくのを追うだけで、ドキドキしてきた。しばらく髪の毛を拭いていた男の手が止まった。
「最後の記憶は?」
 記憶より小さいテーブルに腰掛けてランボは記憶をたどる。さっきまでのミルク色の闇。そして白い闇、そして、そして――。
「……まさか」
「まさか?」
 目の前の男は自分より背が高くて、偉そうに腕組みをして、きつい顔立ちを甘く見せる大きめな黒目が悪戯をしかけているように微笑んでいて、たれ眉で、何よりも偉そうで……。
「おまえの命を預かった。いつまでかは判らないが、とりあえず礼を言うぞ」
「アンタ、大きくなっても偉そう!!」
 リボーンはバスローブの腕を広げた。
「来い。今までのお返しをしてやる」
 ランボは動けなかった。体の動かし方を忘れていた。だって、目の前にリボーンがいる。そんなこと信じられない。一度はなくした人だった。そして、自分をも諦めた。
 のに、何故?
 リボーンはクスリと笑って、固まるランボを溶かすようにゆっくりと抱きしめた。暖かく湿った体温とダマスク・ローズの香りにランボは目を閉じた。この感触と匂いには記憶が擽られる。柔らかくて甘い香りを抱きしめるのが好きだった。確かにリボーンだった。外見は全く違うけれども、確かにリボーンだった。肩に頭を預け、ぎこちなく両腕が上げる。リボーンの背中に回ると力の限り抱きしめた。もう壊すことはない。どれだけ抱きしめても同じ力で抱き返してくれる。
「グラッツェ、ランボ」
 耳元で囁く言葉も甘くとろけそうだった。
「死んじゃいそう。リボーン」
 ランボは急激な変化についていけず、そのままリボーンの腕の中で気を失った。リボーンはランボが呼ぶ自分の名前にくすぐったくて幸せそうに笑った。

 揃って店に訪れた二人にシャマルはいつもの如く、迷惑そうにうんざりとした顔を見せた。
 リボーンは赤ん坊の時と同じく、スマートにスリーピースを着こなし、ボルサリーノを被っていた。ランボもいつもの如くどこで売っているんだか、いっそボヴィーノ製だろとつっこみたいぐらいの牛柄のシャツに黒いパンツにサンダル、という大凡ヒットマンらしくない出で立ちだった。
 迎えたシャマルは、この二人に全く関わりたくない気持ちを隠そうともしなかった。二人の命を救ったが、何故だか教会側は育ったリボーンをかけられた呪いが解け、ランボもを蘇生させたのをエクソシストであるシャマルの辣腕だと信じ、ぜひ教会専属のエクソシストに、と一時勧誘がしつこかった。それを振り払うのに、不承不承ボヴィーノに手まで借りた。不信心の上にプランツ・ドールの世話をしているということで教会から目をつけられるのはわずらわしい以外の何者でもないのだ。
「みんな、久しぶりー」
 すっかり元気になったランボは端からドール達に挨拶をしていった。リボーンはドール達に触れることなく、シャマルの横に並んだ。
「具合はどうだ?」
「悪いわけがない」
「だろうなぁ。ある意味、本懐を遂げたんだもんな」
「世話になったな」
「よせよ、今生の別れじゃねーんだ」
「おまえが消えなければ、な」
 自分より大きくなったリボーンを見上げてシャマルは辟易とした。
「まだこいつらがいるから消えねぇよ」
 全員に挨拶を追えたランボがシャマルの前にたどり着く。リボーンに命を分け与え、リボーンがある程度のところで返したのか、二十代半ばでランボの成長は止まっていた。そして、リボーンもまた。後は、どれだけ人生という名の蝋燭が残っているか誰にも判らないが、ランボの人生を等分した二人は死さえも分かてないらしい。十代の溌剌さと二十代の無鉄砲さと三十代の落ち着きを得たランボは年齢不詳でリボーンの横で快活に笑っていた。二人が実際何歳なのか、なんて本人も含めて誰にももう判らない。
 先日、訪れたドン・ボヴィーノが謝礼だと自立しそうな封筒を置いていったが、プランツ・ドールのドクターとして当たり前のことをしただけだし、礼はランボから貰うのが筋だからと言って丁重にお断りした。これ以上借りを作るのが嫌だったという気持ちも敢えて、ある。
「おまえらこれからどーすんだ?」
「今まで通りだよ。ボヴィーノのランボだし。あ、今リボーンのこれまでの人生を聞いているところ。長すぎて全然覚えられないけどね」
「同じ話を三回しても新鮮な顔で聞けるのはこいつの特技だからな。あとは、こいつの根性叩き直すのも変わらねぇ」
 確かに。外見が変わっても二人の関係も気持ちも何も変わらないように見えた。二、三リボーンについて質問をしたら、二人を追い払うようにシャマルは手を振った。
「またね」
「チャオ」
 光溢れる午後に二人は出て行った。
 復活したプランツ・ドールはドール達の目にも眩かったらしく、そこかしこで興奮めいたさざなみが引いては寄せる。一度は色褪せたような彼女達もランボに当てられたのか、再び華やかさを取り戻した。
 シャマルは神を信じない。
 けれど、自らも荷担した一つに奇跡に人生まんざらでもないかもな、と独りごちた。






原作のルックスから捏造20年後にどう変体するんだろうと考えた結果。もっとちびっこリボーンを愉しんでも良かったんですけどね。それに、もう大人の二人を書きたくて仕方なかった、というのが一番の理由です。でも、一年半プランツ・リボランを考えるのは楽しかったです。読んでくださる方に愉しんでいただければ、幸いです。
2008/05/18 だい。






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