空蝉



 その日、いつものように山本が隼人を連れてボンゴレの本部に現れると、玄関ホールで何故かメイド達に囲まれた。何事かと驚いて固まっていると、ニコニコと笑いながら山本に迫ってくる。
「山本様、綱吉様のご指示なのですが、隼人様を少々お連れして宜しいですか?」
 話しかけてきたのは、メイド長のエリザベッタだ。山本と同じ様に固まっている隼人の前に笑顔を浮かべて膝をつき、その高さから丁寧に話しかけてくる。膝をついたのは、隼人にも聞かせるためなのだろう。 元々、隼人は彼女によくなついているから、すぐに了承をもらうように山本を見上げた。
 山本は、隼人のこの表情にすこぶる弱い。
「あー、はいはい。ツナが何か頼んでいるなら、オレはかまわないよ」
 山本が隼人の頭を撫でながら笑顔で返事をすると、何故かメイド達から歓声が上がった。普段ならそれをたしなめるエリザベッタも、嬉しそうに笑うと隼人の手を取った。
「ありがとうございます。後程、お連れしますね」

 ボスの執務室で仕事の打ち合わせが終わると、山本は珍しく綱吉にお茶に誘われた。執務に追われることの多いボスとは、こういう時間を持てないことが多いのだが …
「骸の淹れてくれるお茶は美味しいんだよ」
「んーそりゃそうだけど」
 何かを聞きたそうにしている山本を笑顔でかわし、綱吉は笑顔で手元の書類を片付けていく。やはり何か変だよな。
「… なあツナ。何か話でもあるのか?相談事なら … 」
「あ、そうじゃないよ。正確に言うと山本に用事じゃないんだよね」
「へ?それってどういう… 」
 山本が呆気にとられて質問をしようてした時。  ―― コンコン
「どうぞ」
「失礼します」
 ドアを開けて顔を覗かせたのは、綱吉のプランツドールである骸だった。ティーセットを乗せたワゴンを押して部屋に入ってくる。
「丁度、来る途中で会いました。先に会ってしまって申し訳ありません」
 そう言いながら身体をずらした骸は、笑顔で二人を見比べる。彼の後ろには、エリザベッタに連れられた隼人が少し恥ずかしそうに立っていた。
「ああ、やっぱりサイズがぴったりだったね」
 綱吉の弾んだ声は、山本の耳を通りすぎただけだった。
「よくお似合いですわ」
 ニコニコと笑うエリザベッタの前には、白い浴衣を着た隼人が立っていた。見た目にも涼しげな白の絣は、丁度軽く踝が見える長さだ。紺色のへこ帯を締め、結び目からふわふわと広がる様子が金魚の尻尾のように愛らしい。
 初めて履いた下駄に慣れないのか、少し頼りない様子で山本を見上げている。
「山本?」
 一言も発することなく固まっている山本に、綱吉が笑いながら声をかけた。
「山本ってば」
「 … あ、ああ。可愛いなー」
 臆面もなく笑顔で言い切った山本の言葉に、隼人は今度こそその白い頬を赤くした。

 「この間父さんが日本に行っていたみたいでさ、オレの子供時代の浴衣をいきなり持って来たんだよ」
 ―― 山本んとこの隼人にぴったりだろ、きっと。
 数回しか会った事がないはずなのに、この勘の良さはやはり親子だからだろうか?山本は苦笑するしかなかった。
 綱吉と山本は、骸の淹れた甘い香りのアップルティを楽しんでいた。隼人は褒めてもらえたのが嬉しかったのか「ほかのひとにもあいにいってくる」と散歩に行ってしまった。
「そういえば… 」
 骸は相変わらず笑顔のまま、二人のティカップに新しい紅茶を淹れながら切り出した。
「隼人、少し背が大きくなりましたか?」
 通常、プランツドールはその成長を抑えるために食事や靴や洋服を制限する。骸のような最初から成人の姿のドールはともかく、小さい子供の姿をしているドールは成長したり体格が大きくなると、その価値は著しく下がるとされていた。
 その事を知っている綱吉も、黙って山本を見つめる。
「ああ、俺は隼人に普通に成長して欲しいんだ」
「価値を下げるとしても?」
 骸の一言に、山本は一瞬だけ射るような視線を向けた。
「やめなよ、骸」
 綱吉がやんわりとたしなめると、骸は人の悪い笑顔を見せた。
「山本、それって?」
 綱吉の問いかけに、山本は漸く表情を戻す。
「俺は隼人を他の誰にも譲る気はないから、価値が下がるとか関係ないんだよ。俺にとって価値が下がるなんてことはないから」
「… 貴方がいなくなってしまったら?」
 骸の発した優しい声の意地の悪い質問を、山本は笑顔で流した。
「他の誰にも譲る気はないって言ったろ?」
 そういうことだよ。
 その一点の曇りもない笑顔に、綱吉は深いため息をついた。

 山本と本部から帰るとき、隼人は着ていた浴衣を脱がしてもらうのがとても残念そうだった。
「気に入ったなら、また着せてあげるよ」
 綱吉のその言葉に、隼人は笑顔で頷いていた。その二人を送り出した後、綱吉はデスクに両肘をつき口元を覆った。
「山本は、最後は隼人を…」
 ――誰にも譲る気はないから。
 笑顔で言い切った山本を思い出す。
 マフィアという職業である以上、常に命の危険とは隣り合わせだ。特に山本は単独での仕事が多く、危険な任務も多い。
 綱吉は俯いて決裁途中の書類に目線を落とした。
「我々ドールがそのマスターと別れる時は、マスターを失う事がほとんどです」
 考え込んでいた綱吉は、骸が自分のすぐ傍に立つまで気付かなかった。
「気に入った人にしか付いていかないドールが、マスターを失うという事は、世界が一度崩壊するのに等しいのですよ」
 骸の言葉に、綱吉は弾かれたように顔を上げる。
「だからこそドール達は必ず店に戻されてメンテナンスを受けるのです」
 骸は最初のマスターを不幸な形で失っている。規格外のドールとして処分されてもおかしくはなかった。その事を知っている綱吉は、一瞬痛みを堪える表情をした。
「そういう意味では、山本の覚悟は隼人にとって幸せなのかも知れませんね」
「骸、たとえそうだとしても、僕は…」
 苦しそうに話す自分のマスターの腕に触れ、綺麗な笑顔を見せた。
「…そんなに辛そうな顔をしないで下さい。僕は構いませんよ」
 優しい彼のマスターが山本のようになれない事を、骸は誰よりも理解していた。
 ――しかし、僕が貴方についていく事だけは赦して下さいね。
 骸は暖かい綱吉の手を取り、その思いを告げるように彼の指に唇を寄せた。






本当は兵児帯姿のごっくんが書きたかっただけなのに、うっかり山本が黒く(爆。/つねみ






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