愛とは、時々我が身を振り返ることである。



 あちこちで硝煙が上がる中、地上までの道は原型を留めていない死体で溢れていた。火薬と血の臭いで息ができない。
 こびりつくようなその匂いを一掃する風が吹く庭には、イエミツがジェット機を降ろして俺たちを待っていた。横には血まみれのムクロもいた。返り血なのか、自分の血なのかはわからないが壮絶な姿だ。
「契約違反だ」
 ツナヨシを抱いたままイエミツの前に立つ。
「わりぃ。先入観なしでツナに合わせたくってさ」
 ぎゅっと目を閉じて、しがみつくツナヨシの背中をぽんぽんとイエミツが叩く。
「悪いついでに戻るまでツナを頼む。ムクロの役目だが、今はこの通りなんだ」
 ムクロは血だらけの顔を拭いもせずに、薄く笑った。
「お願いします」
「話は後でな、乗ってくれ」
 イエミツが操縦桿を握るジェットに乗り込む。汚れないように、ムクロは毛布をまとっていた。
「ツナヨシ、僕です。屋敷に帰るまでこのままでいてくださいね」
 俺たちとは全く違う声音で優しく背中を撫でる。俺の上着がもごもごと動いた。


 帰る前にランボに電話をしてバスの準備をさせていたが、予想以上だったらしく血生臭い、とバスルームに押し込まれた。バスルームの入り口で、パセリのついたナイフを手に呆れた顔を見せる。
「どこで遊んできたわけ?」
「北イタリア」
「お土産は?」
「ドアの横に置いてる。暗証はお前の誕生日だ」


 俺達を乗せたジェットは、古城の趣のあるボンゴレ総本部脇の滑走路に着陸し、ツナヨシを抱いていた俺も難なく入室を許可された。裏口から直結している部屋に通されて、改めてツナヨシと顔を合わせた。
「苦しくなかったか?」
「うん。リボーン、いい匂いだね」
 香水をつける趣味はない。
「ミルクみたいな匂いがするよ」
 アホ牛か……。アイツも香水はつけないのに、時折甘い匂いがする。というか、ミルクの飲みすぎじゃねぇか?
「ツナヨシ着替えましょう」
 身奇麗にしたムクロが部屋に入ってきた。血を拭ったソレは同一人物とは思えないほど穏やかなただの青年のように見えた。
「シャワーでも浴びられますか?」
「いや、帰らせてもらう」
「では、家光が隣の部屋にいますので、寄ってください」
「リボーン、ありがとう。またね」
 ツナヨシは大きな瞳を柔らかく笑わせて、俺を頼りない腕で抱きしめてからムクロに抱かれた。

 送る、断るという押し問答を繰り返した結果、イエミツが今朝のホテルまで俺を送るという決着を見せた。帰路の間延々続くツナヨシの自慢話を遮るように聞いた。
「なんでブラディがいるんだ?」
「ブラディ?」
「ムクロだ。ブラディ・プランツなのを知らないわけじゃないだろ?」
 全員虐殺の中で涼しげに血まみれで笑うムクロ。死に絶えた世界でそこだけ光が差すように光る血まみれのプランツ・ドール。昔、シャマルに聞いたことがある。マスターと一緒に狂ってしまった悲しいプランツ・ドールがいたことを。
「その名前は封印してくんないか?ツナの友人としてアイツは変わったんだ」
「友人だと?アレが、か?」
「今日のはウチに来て初めての事で、まだ後継者騒動が続くこの時期、ツナの姿を部外者に見せるわけにはいかなかっんだ」
「状況じゃねーんだ。何故あんな危険な物を側に置く?」
「物じゃねーよ、言ったろ?骸はツナによって生まれ変わったんだよ」
 だからカテキョやって親交を深めりゃいいだろ?と、続ける。この男、本気か?理由を知ってて言ってるのか?
「俺のことはどこまで調べた?」
「名前と電話番号」
「だけか?」
「後、銃の種類だな」
「それで、目撃者を全員消すほどの大事な息子の家庭教師をさせんのか?」
「親子って気付いたか?」
「親バカ以外の何者でもないぞ、自覚しやがれ」
「返事はいつまでも待つよ。条件があれば用意してくれ」
 ホテル前で降ろされる。
「リボーン」
 運転席の窓に腕を乗せてイエミツは快活に笑った。
「今度呑もうな」
「…仕事抜きでな」
 最後まで親バカな男、という以外正体がわからなかった。

 「そんだけ?」
 ランボは劇的なエンディングを予想していたのか、パスタをくるくると巻く手を止めた。
「報酬とか条件とか」
「No」
「どうすんの?」
「飯がうまけりゃ考えるな」
 パスタを口に運びながらランボが眉根をひそめる。
「アホ牛、俺のボディガードとして着いて来い」
「…やれやれ、リボーンがそう言うなら考えてやるさ」
 満更でもない笑顔でウィンク。
 ツナに逢った後だからか、なんだか今日はランボに優しくしてしまいたい。
「だってアンタは俺の可愛いバンビーノだからな」
 手始めにその減らない口を閉じてやろう。
 艶やかな巻毛に指を絡ませて、引き寄せて、熱く、キス。






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