愛とは、勘違いの積み重ねである。 人形が降りたがらないので、抱えたまま運転をして帰宅した。 片手に人形、片手に数個の紙袋を抱えてアパートの階段を上がる。部屋に入るとヒーターのスイッチを入れてお湯を沸かす。 その間、人形は抱えられたまま、ランボの腕の中で部屋の様子を伺っていた。 「ねぇあんまり熱くない方がいいよね?」 「ミルクは人肌だぞ」 テーブルの端に人形を座らせ、ミルクの準備をする。 「どうかな?」 ガラスの計量カップからエスプレッソカップにミルクを移して人形に持たせた。人形は湯気の立つカップを両手で持ってふぅふぅと息を吹きかけてそっと口をつけた。 「なかなかいい温度だぞ」 「どういたしまして」 続いてランボは自分のためにエスプレッソを淹れ、暖めたミルクをたっぷり注いでカフェラッテを作った。人形が「お代わり」と空になったエスプレッソカップを差し出すと、ティーコージーを被せていた計量カップから注いであげる。 しばらく、午後のお茶のような優雅な時間がすぎた。 ランボは人形がまるで人間の子供のように少しずつミルクを飲むのを眺めていた。エスプレッソカップは丁度いい大きさで我ながらぴったりだ、と自負する。 「チョコレート」 「は?」 「そこにヴィタメールがあるだろ。寄越しやがれ」 ――なんでわかんの? 確かに、子猫ちゃんに上げるためにチョコレートと薔薇は用意していた。 紙袋の一つからまず赤い薔薇を人形に渡す。ベルベットのような艶やかな花びらに、小さな顔をうずめるように匂いを嗅いだ。控えめな香りと花びらのしっとりとした感触に微笑をこぼす。 「センスは悪くないな。…それだ」 ランボが包みを開けて目の前に置くと、一つ指さし、ランボにとってもらう。 ランボの指ごと食べる勢いで口を大きく開けてあーんと食べる。 「うまいな。食っていいぞ」 「なんでオレのチョコにキミの許可がいるんだよ」 ぶつくさ言いながらランボも別のチョコをつまむ。中にコアントローが練りこまれ滑らかな舌触りの濃厚なチョコレートが舌の上でゆっくりと溶ける。 幸せだなぁ〜。 目を閉じてゆっくり味わっているランボに人形から非情な声がかかる。 「もういいぞ」 目の前には空のエスプレッソカップ。計量カップにはまだミルクが少し残っている。 「余ってるけど大丈夫?次は何時ぐらい?」 テーブルに座る人形が極上の微笑を見せ、指先でくいっと招く。顔を寄せたランボは眉間を強く弾かれ、臆面もなく盛大に悲鳴を上げた。 「赤ん坊と一緒にすんな」 「う……が・ま・ん」 「アホ牛俺のベッドはどこだ?」 「ベビーベッドなんてないよ?」 「また殴られてーのか?」 「じゃオレと寝る?」 「しょうがねーな」 「しょうがないの?そこは、お願いします、じゃないの?」 「なんで俺様がアホ牛にんなこと言わなくちゃなんねーんだ?」 「だからランボだって」 「相手に名前を聞かない礼儀知らずはアホ牛で充分だ」 そう言えば。 銃で脅されて以来、なんとなく聞いてはいけない雰囲気がして尋ねられなかった事がいくつかあった。 「ええとまず君は何?人形じゃないの?」 にこやかな笑顔でランボの額に銃口をつきたてる。 「つくづく地雷を踏む奴だな。てめぇは弾避けに丁度いいなぁ。でもすぐに死にやがるから役にたたねーんだろうなぁ」 「まじでオレ何にも知らないの!セニョール・シャマルの説明も聞いてないんだから」 両手をホールド・アップしてエクスキューズを並べ始める。 「おまえボケた振りして泥棒の才能あんのか?」 「全うなマフィアだよ!」 「全うって使うな。じゃシャマルからオレを買ったんだな。盗んだとかでなく」 「うんうんうん。子猫ちゃんに頼まれたからキミを買ったんだよ」 「そしてフラレたのか。ぷ」 「うっさい、うっさい」 「決めた。俺様がお前をモテるようにしてやるからお前が俺様のマスターになりやがれ」 「マスター?キミを選んだのはボクのカワイイ子猫ちゃんなんだけど」 「しのごの言うな。俺様が決定って言ったら決定だぞ」 「……わかったよ。で、キミをなんて呼べばいいの?」 「リボーン様と呼べ」 「わかった。リボーンね。え?ちょっと?リボーン?」 テーブルの端で小さいな足をぶらつかせて、偉そうに話していたリボーンが急にランボに倒れかかってきた。よく見ると、出会った時の天使のような清らかな寝顔ですぴーすぴーと寝息を立てていた。 ランボは深い溜め息をつき両手でそっと抱き上げた。仄かにミルクの甘い匂いが立ち昇り柔らかい子供の肢体にランボは愛しさがこみあげてきてつい抱きしめてしまう。 ベッドに横たえらせながら、リボーンの滑らかな頬にキスをした。 「おやすみなさい。よい夢を」 寝入っているリボーンは夢を見ているのか、そっと微笑んだ。 2007年 バレンタイン・デイ 「プランツ・リボラン」。見た目だけは原作通り(微笑)/だい。 |