愛とは、信じようとする心である。



 空気が緊張を孕むのは物理的なものか心理的なものか。
 刻々と最大瞬間風速が更新され、大きな雨粒が叩き付けていく。研究者たちのテントは予想以上の強風のため、急遽室内に移動になった。
 被験者であるランボは一人、ドキドキと心臓の鼓動が聞こえるほどに緊張していた。びっしょりと濡れたまま、砂浜にいた。ここに来た頃はリボーンを抱いて散歩するのが日課だったのと同じ場所とは思えないほど風景は違っていた。
 その腕の中にはボルサリーノを抑えるリボーンがいた。彼の暖かさが唯一の安らぎ。ぎゅっと抱きしめる。失敗したら最後の抱擁になるのだから。
「リボーン。プランツ・ドールのマスターってすぐに見つかるの?」
「…知らねー」
「もし、オレがダメだったら、あの店に戻るんだろ?」
「お前は本当に俺達のことをなんにも知らねーなー」
 リボーンは眉根を顰めてランボの両頬をペチペチと叩いた。そのぬくもりにランボは涙が零れた。
 物心がついた頃にはもうボヴィーノで育てられていた。両親の顔を知らないランボにとって、親というべきドン・ボヴィーノもランボのこの能力に期待しているという。今まで育ててもらったお礼、というより、今まで誰からも向けられなかった「期待の目」をボスから向けられて単純に嬉しかった。事の重大さに押し潰されそうになったけれど、リボーンが「お前にはできるぞ」って言ってくれたからここまでできた。
 正体不明のプランツ・ドールと出会ってから、甘い砂糖菓子のような人生が色鮮やかなジェットコースターに変わった。自分の可能性なんて考えたことなかったけれど、リボーンのおかげでなんか信じられるような気がした。
 でも、でも。世界に一人しかいない能力だからって、これからの実験が成功するなんて保障はどこにもない。
 リボーンが言うから。リボーンが大丈夫って言うからオレはやるんだよ。
 ううう、とランボは声を押し殺して泣き始める。
 リボーンはただ、ペチペチと頬を叩くだけだった。
 ずぶ濡れの二人を照らすように、遠くで雷鳴が光った。
 上空には重そうな黒い雲が続々と集まっていた。厚い暗雲の内部では雷が光り、低音の雷鳴が届く。極地からの寒波と電磁波の乱れが衝突して乱気流が発生している為で、定期航路も今日は飛行中止になっている。
 職員からの連絡がリボーンの通信機に届いた。
「計算上は大丈夫だ。俺を疑うなよ」
 ランボは頷いて、最後にもう一度リボーンを抱きしめて立ち上がった。細い体を雨風にさらし、膝までの高さまで海に入る。強い風に体が揺れるのは仕方が無い。
「アホ牛、準備はいいか?」
「良くないっ!」
「上等だ」
 リボーンはボルサリーノのツバを押さえながら、実に楽しそうに笑った。
「ランボ。俺が愛してやってるんだ。自信を持てよ」
「リボーン!?」
 ランボはリボーンの笑みを目の端に捉えた。
   瞬間、ランボは心臓の鼓動が一瞬止まった気がした。
 こんなせっぱつまった時に告白なんて、アンタズルすぎるよ。ランボは落ち着いて笑い返した。
「空を見ろ」
 リボーンがレーザーのスイッチを押す合図を送る。
 地上から暗雲にまっすぐ伸びる一条の青い光。迎え撃つように眩しい一万ボルトの光がレーザー光線を逆流し、空を分かつほどの轟音が響いた。ランボはきっと目を見開いて仁王立ちになる。雷鳴が彼を包んだ。
 誰もがその眩しさに目を閉じた。リボーンは唯一人手をかざして見守る。
 雷が落ちる轟音の中、リボーンの耳だけがランボの絶叫を捉えた。
 長い一瞬だった。
 地上からレーザーで雷を誘導するという実験は成功だった。
 そして本題の…。
 仰向けに倒れたランボは波打ち際まで波に運ばれていた。打ち寄せる波になすがままに体が揺れる。
 リボーンは静かに、ランボを見つめていた。
 牛柄のシャツがピクリと動いた。
 やがて、ゆっくりと体を起こした。
 打ち寄せる波がランボの回りに寄せては返して小さな渦を作る。リボーンたちはその後ろ姿をじっと見守った。
「…リボーン。オレ生きてる?」
 振り返るランボの服はあちこち焦げているものの、振り返った顔には火傷の跡一つ無かった。
「生きてるぜ。次、行くぞ」
 リボーンは甘やかすことなく、次の合図を送る。
 同じように、レーザー光線が雲へと刺さり、呼応するように雷が発生し、ランボに誘導される。眩しさと轟音と。輝く光の中、ランボは倒れることなく瞬間十億ボルトという常人であれば感電して黒焦げになる電流をその身に受けて、海へと流した。
 繰り返すうちに、ランボの体に電流が溜まり始めた。リボーンの合図で、レーザーは止まっている。雷の電流を帯電することに成功したのだ。
 ランボの体の形に青白く光っていた。
 青白く光る両手を自分の顔の前に掲げても、ランボは信じられなかった。頭の両側で角が放電を始める。なんとなしに、腕を振ると青白い電流は鞭状となって、海面へと叩きつけられた。
 ――すげーじゃねーか。
 予想以上の成果にリボーンは眠気を覚えて大きなあくびをした。

 ふわぁとランボはベッドの上で伸びをした。
 珍しく、リボーンに蹴られる前に目が覚めた。
 リボーンはランボの襟元をその小さな手でぎゅっと握っていた。
 柔らかい頬を反対の指先でつつくと、つぶらな瞳が開いた。
「おはよ、リボーン」
 ――キミにおはようが言えるなんて、夢みたいだ。
 ふあ、とリボーンは欠伸をして目を閉じた。
 昨日の実験は大成功だった。ボヴィーノの研究室の意地とランボの努力と才能が結実して、世界で唯一の、生身で電流を操るヒットマンが誕生したのだ。
 今のままではもちろん、それだけ、なのだが、きっとリボーンがもっとちゃんとしたヒットマンに育ててくれるはず。ランボは心からの信頼を寄せつつ「かわいいなぁ」、と呟いてリボーンを両腕で抱きしめた。
 起こさないようにそっと。
 早くボスに逢って、リボーンの凄さを報告しなくっちゃ。
 その前に。
 ――俺が愛してやっているんだ。
「オレも愛してるよ、リボーン」
 顔を突くリボーンの髪の毛をよけて、ランボは額にキスをした。






かなり書いたつもりでもまだ3作目ですか。
次はちょっとラブラブです。多分。
もっとランボをかわいく、リボ先生をかっこよく書きたいですなぁ。
だい。 2007/11/30






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