春は蒼く、孤独だった。



 果たして、雲雀は話すのを諦めて嫌なことがあると雲雀に噛みつくようになった。それも毎回毎回力強く噛むものだからディーノの左腕はタトゥーと噛み跡だらけで、常時微熱を持ち出した。
「ボス、雲雀のこと考え直しませんか?」
 みかねたロマーリオが口を出すぐらいだから、他の部下はなにをやいわんかな。
「雲雀も気を遣っているのか右腕は噛まないんだぜ」
「…人がいいのは美点でもあり汚点でもあるんですよ」
「ボスに向かって汚点ってなんだよ」
「シャマルがいいアイデアを持っていることを祈ります」
 バックミラーで後部座席を見ると、ディーノも苦笑しながら頷いた。

「残念ながらそんな症状は初めてだ。今まで俺が診てきた中で人間を噛むってのは聞いたことねーな」
 男は診らん、とディーノの左腕を一眺しただけでシャマルは言いきった。
「どうする?返品するか?」
「まさか。雲雀の知能はどれぐらいあるかわかるか?」
「人間のテストなんてプランツたちには通用せんよ」
「話せるのに話さない事ってあるのか?」
「それはあるだろうな」
「あと、コレなんだろう?雲雀の涙が固まってしまったんだが」
 ディーノはハンカチに包んだ、ガラス球のようなものをシャマルに見せた。
「あー? あぁヒバリのか…アイツのってこんななのか。ドス黒いと思ってたな」
 シャマルはつまみあげ陽にすかす。オパールのように乳白色のような渦がかすかに見える。
「プランツ・ドールの涙は宝石みたいなもので、高価で売買されるんだ。ヒバリのは初めて見た、な」
 高価で売買、と聞いてディーノは憮然とシャマルから「涙」を奪い返した。
「尚更、気になるな」
「難しく考えなさんな。意外と甘えているだけかもしれんぞ。ヒバリだけにそれはないと思うがな」
「雲雀って規格外なんだな」
「ジャッポネーゼ製ってだけでも規格外だからな」

 ディーノが帰宅すると、雲雀は格闘技中継を見ていた。邸内のどこに連れて行ってもつまらなそうな表情をし始めることに気付いたロマーリオが試しに様々な映像を見させたら格闘技系にのみ反応した。プランツといえどもやっぱり男だな、とディーノは喜んで、様々な国の中継映像から各種格闘技マニュアルまで揃えた。
 ディーノも時を同じくして、雲雀のマスターである友人の消息が掴めそうで国外に出る機会が増えた。
「雲雀ただいま」
 テレビ画面を熱心に見る雲雀に後ろから抱き付いて、髪の毛にちゅっとキスをして着替えるために隣の部屋に行った。屋敷の中で一番居心地がいい場所がディーノの私室であるため、雲雀は必然的にディーノの部屋の大型テレビジョン前で一日の大半を過ごしている。
 ディーノが着替えて戻ると、彼が出てくるのを待っていたかのように雲雀がじっとこちらを向いていた。
「どうした?」
 首だけでなく腕も自由に動かせるようになっていた雲雀は、片手で画面を指した。画面ではトンファーのマニュアル映像が流れていた。
「欲しいのか?」
 雲雀はうなずく。
「わかった。取り寄せとくよ」
 どうせ取り寄せるならいろんな種類のを揃えてみよう、とマフィアの若きボスは画策してしまった。

 何かが空を切る音がよく聞こえていた。雲雀はトンファーのビデオを好んで見ていたので、誰もがその効果音だと思っていた。

 ディーノは自室のソファに身を沈ませて考えていた。
 午後、友人の行方を捜させていた部下から連絡が入った。
 友人はイタリアからイギリスまで渡り、それからアジア方面にトランジットする途中で姿を消し、先日イギリスの海岸に打ち上げられたらしい。
 財務方面から足取りを追ったところ、債務超過の形跡が見つかった。雲雀名義のクレジットカードにはかなりの残高が残っていたところから、どうやら言葉は悪いが雲雀に金をかけすぎたようだった。
 シャマルによると、ミルクも愛情もを与えられず放置されている間に若干のリセットがかかって初期化された部分もあるらしい。記憶障害もあるかもしれない雲雀に友人のことを聞くことはできない。最初に着ていた紺地に金龍が縫いこまれた服は肌触りを優先した錦椴生地を使っていたとも聞くから、その線で間違いはないだろう。
 仮にも大企業の屋台骨を揺るがすほどの金を注ぐ想いとはどういうものなのだろう。そして、それほど寵愛を受けた雲雀が、マスターの死を知った瞬間どういう気持ちになるだろう。
 ディーノの高い鼻筋が頬に影をつくるころ、心を決めて、ソファから身を起こした。

 雲雀はいつものように、隣の部屋でビデオを見ていた。
 隣のディーノが立っても目を上げることはない。映像にはディーノも見覚えがあるぐらいだから、これも繰り返し見ているものだろう。
「雲雀、きみのマスターが見つかったよ。だけど、大分前に亡くなっていたようだった」
 雲雀の肩に手を置いて静かに告げた。その肩が震えていたので思わず雲雀を抱きしめようとしたときに、歯が折れる勢いで頬を殴られた。
 ドアまで吹っ飛んだディーノは脳震盪で視界が揺れた。ぼやける視界の向こうで、華麗に空気を切ってトンファーを扱う雲雀がいた。
 最近聞こえた音は本物だったか…アレで殴られたらさすがに痛いな…とディーノは鞭を手に立ち上がった。
 ディーノが飛ばされた音で、駆けつけたロマーリオは一瞬で状況を読み、懐から銃を取り出した。
「手を出すな、下がってろ」
 ディーノは鞭を数回しならせた。面白がって仕込みトンファーを注文した自分にも責任がある。ましてや最近こういう荒事がなく、腕がなまっていたということもあって、ディーノは好戦的な笑いで口元を歪めた。
 雲雀のリーチに入ったら確実にやられる。
 間合いを計っていたディーノに、雲雀はいきなり回転するトンファーを投げた。それに鞭を絡ませてスピードを殺し、その反動を使って雲雀の顔面を狙って撃ち返す。雲雀は新しいトンファーを装備し、投げられたトンファーを受けて、絡む鞭をそのまま掴み、引き寄せたディーノの横っ面に片方のトンファーを振り落とした。ディーノは身を沈めて避け、ムチの取っ手で雲雀のこめかみを殴った。衝撃に目も閉じず、無頓着にトンファーを振り上げ、ディーノの顎にヒットさせた。ディーノは甘んじてそれを受けながら、雲雀の両腕ごと鞭で巻き動きを止めた。
 部下の一人がドアをノックしながら入ってきた。血だらけのディーノと雲雀に目を見開く。
「ボス!!何してんですか!?」
「取り込み中だ、後にしろ」
 ロマーリオの制止に関わらず、後ろから白衣の男が入ってきた。
「よぉ忘れ物を届けに来たぜー。修羅場中?」
「いや、運動中だ」
「ハードだな。わりぃんだけど、そいつの栄養源一つ渡すのを忘れてたわ。一週に一度の砂糖菓子。そもそも渡していないから上げてないだろ」
 明らかにバトルの最中の緊迫した雰囲気の中、飄々とシャマルはディーノに近付いた。
「食べさしたら落ち着くかもよ?おまけするから許してな」
 ディーノに口を開けるように促して、カラフルな金平糖をパラパラと入れた。
「お大事にー」
 ディーノは初めて口にした金平糖について逡巡したが、ゆっくりと甘く溶け始めたそれに慌てて雲雀の口に移した。雲雀は拒否することもなく、寧ろ進んで受け入れた。舌と舌が触れ合って、視線も強く絡まって。雲雀はディーノの口の中の金平糖を全て舐めとってから、ディーノから離れた。赤い舌が実においしそうに唇をなめた。
 雲雀がディーノに何かを話そうとしている姿を見て、ロマーリオは部下の背を押して部屋を出た。口止めを命令し、ドアの前で煙草に火をつけた。
「こりゃー、これからも楽しくなりそうだな」

 友人の行方を捜していた部下達から上がってきたレポートをまとめると、アジア趣味が高じて雲雀に恋をした友人は、予想通り雲雀に贅をつくして破産をし、死を迎えたらしい。そうなる前に声をかけてくれればよかったのに。ディーノは友人がどんな顔で雲雀を愛でていたのか想像しようとして、やめた。今更それをしてもどうしようもないことだ。
 危うく殺されかけた代償に、シャマルには雲雀のマスターが鬼籍に入ったことはもうしばらく黙っておく予定だ。雲雀が話す気になったら、彼に決めてもらうことにしていた。

 しかし雲雀が何故にすばらしい格闘技センスを持っているのか、ディーノの調査を持ってしてもわからなかった。友人の屋敷に残っていた写真は圧倒的にアジアン・ビューティーな雲雀の写真が多かったが、1枚だけ黄色のつなぎを着た写真があった。あまり趣味がよろしくない、と割り切ったディーノ達だったが、アジアでそのコスチュームがどんな意味を持っているかまで調べれば、雲雀の謎が解けたかもしれない。
 いずれにせよ、車椅子で自由に移動する雲雀を見守りながら、たまには砂糖菓子を忘れるのも楽しいだろうな、と懲りないディーノは、思っていた。






2007年 ホワイトデー企画 /だい。






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