クリスマスプレゼント



 クリスマスの朝、いつものように子供が一人で眠るには大きすぎるベッドの中で目覚めたツナが一番に目にしたのは、真っ黒い生き物だった。
 どうしてこんなところに、とか、それが何か、とか、当然浮かぶべき筈の疑問は全く生じず(だからこそ、家庭教師にいつも「お前は緊張感が足りなさ過ぎる」などと罵倒されるのだが)、寝ぼけた頭で思い浮かんだただひとつの事が、その時のツナの全てだった。
「かぜ、ひく…」
 ツナの枕元に手足を丸めて横たわっている真っ黒い生き物をずるずると暖かいブランケットの中に引きずり込み、少し冷えたその体に幼い両腕を精一杯回すと、安心したかのように再び眠りに引き込まれていった。

 そして、ツナの胸元に寄せられたソレの口元が、暖かい闇の中でふわりと笑みを形作った。


「…だから、アレは寝ぼけてたんだってば!」
 自分でも顔が熱くなっているのが判る程、耳まで真っ赤にして叫ぶツナに、ソファにゆったりと体を預けたまま骸はにっこりと微笑んだ。
「ええ、判っていますよ…心優しいマスターのおかげで、僕も凍えずに済みました。感謝しています」
 この家に骸がやってきて数年になるのに、未だに時折語られる初対面のエピソードは、ツナにとっては幼い頃の微笑ましい思い出…になる筈なのだが、骸の口から語られると、何故か嫌味たっぷりに聞こえてしまい、ついムキになって言い返してしまうのだ。

 次期マフィアのボスを約束されたツナは、幼い頃から母親と引き離されファミリーの門外顧問である父親の家光ともすれ違いがちで、学校に通う事も叶わなかったから友人も出来ず、周りにいるのは「使用人」と「部下」だけだった。
 幼い自分に頭を下げる大人達に囲まれて帝王学を叩き込まれて、屋敷の中から殆ど出る事のない毎日だったが、常に付き従う家庭教師の指導の甲斐もあったのか元より備えた資質だったのか、聡明で心優しく成長したツナだった…が、我侭ひとつ言わない、およそマフィアのボスらしからぬ腰の低さと気弱さが、家庭教師の頭痛のタネだったのだ。

 そんな息子の様子を、自分の友人でもある家庭教師から耳にした家光が思いついたのは「年の近い友達でもいれば、子供らしい遊びも出来るだろうし、たまには悪戯や喧嘩も良い経験になるだろう」という、非常に健全な親心から生じた提案だったのだが、仕事上自宅にすら長逗留出来ない家光に出来たのは、古くから面識のあった男が扱っている「観用人形(プランツ・ドール)」と呼ばれるモノを買い与える事だけだったのだ。
 職人が丹精込めて「作った」、自我を持たず成長もせず人間のような食事も必要としない「人形」は、その美しさを裏切らない高価で手のかかる代物であるが故、上流階級者の娯楽としてごく一部の人間のみが知る存在だった。

 家光が、薄暗い路地の奥に構えられた店の中をぐるりと見渡していた時、射抜くような視線を感じて振り返ると、背後に黒い髪の青年が立っていた。
 気配に気づかなかった事に内心舌打ちしつつ、にやりと笑いながら「よお、兄ちゃんもプランツなのか?」と伺うと、青年は「おや?気づかれましたか」と大して驚いた様子もなく微笑んだ。
「珍しいな…プランツは、メシに一日三回のミルクと週に一度の砂糖菓子を与えるだけで、じーっとおとなしくしているオンナノコの人形だって聞いてたんだがな」
「概ね間違っていませんが…世の中には往々にして例外というものが須く存在するものですよ」
「例外?…規格外、の間違いじゃないのか?」
 それとも、欠陥品か?と些か意地の悪い問いを重ねると、己をプランツだと認めた青年はそれまで絶やさなかった微笑から僅かに目を見張って驚きの表情を作り、次の瞬間には目を細めて喉奥で小さく笑うというプランツらしからぬ多彩な表情を滑らかさに見せた。
「そうですね…おかげでなかなかマスターが決まらず、ここで店番のような真似をしているのですよ」
 大袈裟に両手を広げる所作もどこか優雅で、細身の黒い服に包まれた体がしなやかに動く様を見た家光は、青年がくるりと後ろを向いたその瞬間、店の片隅に置かれていたアンティークの剣を素早く引き抜くと、青年の頭上に振り下ろした。
「…どうかしましたか?」
 半身振り返った姿勢で片腕だけで家光の一撃を受け止めた青年は、先程と変わらぬ微笑を見せた。両手に感じる痺れに口端を歪めながらも、家光は漸くお気に入りのおもちゃを見つけた子供のように目を輝かせた。
「お前…何て名前だ?」

 かくして、クリスマスイブのディナーを家庭教師と寂しく過ごして眠りに就いたツナの枕元に、「骸」という名の父親からのクリスマスプレゼントがラッピングもカードも何もないまま放り出されたのであった。


 あれから数年が経って、本人の期待と父親の遺伝子を裏切って身体的な成長は乏しかったものの、持ち前の優しさはそのままに精神的な強かさも備えてきたツナに対して、骸は髪さえも伸びないまま成長を止めていた…勿論、家光に見込まれた性格もそのままで。
「ぜええったい、オレがこんなに口悪くなったのも、リボーンじゃなくて骸の所為だと思うんだっ」
「家庭教師よりも僕の影響力が強いとは…そうですか、マスターはそんなに僕の事が好きなんですか」
 光栄ですねえ、と鷹揚に呟く骸の前に立って、ツナは拳を震わせて声を荒げた。
「…っ!じゃなくてっ!てか、何で父さんはお前なんか連れてきたんだよっ」
 幾度となく繰り返された応酬は、骸にとっては誰よりも愛するマスターとのコミュニケーションのひとつで、初めてこの屋敷にやってきた夜に自分を抱きしめてくれた小さな手を思い出しながら、目の前のツナの手を取った。
「『ただのお人形じゃつまんねーし、喧嘩相手になるぐらいひねくれたヤツの方が面白い』との事でした…と、何度言えば判っていただけるんですか?」
 呆れたような口調でため息交じりに呟きながら、空いた手でテーブルに置かれたワイングラスを掲げてミルクとは真逆の深紅の液体を飲み干した。

 見慣れた光景の筈なのに、プランツの食事である1日3回のミルク、の代わりのワインを骸が口にするたびに、ツナは気づかれないように顔を背けて、痛ましいものを見るように僅かに目元を歪める。時には、自分と変わらぬ感触でありながらも成長もせず衰えもしない体を確認するように、両手で骸の髪や頬に触れては自分が傷ついたような顔をして、それを誤魔化すように口付けてくる。
 今もまた、骸の前に立ち尽くしたまま俯いて、何かを堪えるかのように口元をきつく引き締めているから…だから、茶化すように嘲笑ってツナを怒らせて、それでも駄目な時には抱き竦めて、耳元で強請る言葉は…
「そう言えば、そろそろ一週間に一度の砂糖菓子をいただきたいんですが?」
 腕を引っ張られるまま骸の傍らに座らせられ、そのまま抱き込まれた姿勢でしばらくおとなしくしていたツナは、耳元に落とされた言葉に途端に腕から逃れようともがき始めた。
「ちょ、チョコレート好きだろっ!?母さんが日本から送ってくれたチョコがあるんだよっ」
「ああ、そう言えばバレンタインディは日本にもあるんでしたねえ…マスターは僕にはくれないんですか?」
「だっ、誰がお前にっ!」
 真っ赤な顔で睨み上げるツナの頬に掌を当てて、ゆるりと微笑みかけると、
「プランツに必要なものは…一日三回のミルクと、週に一度の砂糖菓子。そして…」
 マスターの惜しみない愛情を、と懇願するように、砂糖菓子代わりのキスをひとつ強奪した。






反則技満載!で、かわいげのないプランツですみません…(涙)/わんこ






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