飴と鞭 基本的に外回りの仕事が多い山本も、デスクワークというものからは逃れる事は出来ない。10代目の右腕として、その腕前と共に対外的にプレッシャーを与える存在でありながら、ことデスクワークとなると形無しだった。 その日も、三日前まで行っていた海外出張の報告書を仕上げるために、机の前に座ってうんうん唸っていた。友人でもあるボスの綱吉は催促するようなことは一切ないのだが、その綱吉のプランツ・ドールは容赦がなかった。隼人を連れて本部に顔を出したとたんに、半ば脅されるようにして自分のデスクの前に座らされたのだった。 「いつもいつも報告書の滞納が過ぎますよ。今日は書き上げるまで帰れないと思ってくださいね」 綱吉が何事か言おうとするのを遮るようにして、骸は笑顔でそう言い切った。山本の手を握っていた隼人が少し不安そうに骸と山本の顔を交互に見上げていたが、最後に綱吉の困ったような笑顔を縋るように見た。 「…うーん、隼人ごめんね。こればっかりは僕も助けてあげられないんだよ」 綱吉の言葉に小さく頷くと、隼人は山本の手を離した。 「大丈夫ですよ、隼人。山本が早めに仕事を片付ければ良い事なのですから。いつもの通り待っていましょうね」 骸が山本に向けた笑顔とは違って柔らかい笑みを浮かべると、隼人はもう一度山本を見上げてから小さく頷いた。 山本がPCの前に座って唸りながらも報告書を作成しているデスクは、普段は滅多に使用しない専用執務室にあった。先程から書いては消してを繰り返しつつ、机一杯に領収書を広げて悪戦苦闘している。気が付いたら昼もだいぶ過ぎていた。 「うっわ、もうこんな時間かよ。隼人、昼ご飯たべたかなー」 握っていたペンを放り出し、山本は頭の後ろで腕を組む。大きく伸びをすると、そのまま机に突っ伏した。 ――早めに帰ることが出来たら、ジェラードを食べに行こうって言っていたのにな。 自分の仕事次第というのはわかっているのだが、この分だといつになるのかわからない。山本はそのままの姿勢で、溜息をついた。 不意にドアの外に気配を感じた。用事があるのならノックをするはずなのだが、待っていても音がする気配が無い。 山本はゆっくりと身体を起こすと、足音を殺してドアへと近づいた。ドアノブに手をかけて、一応警戒をしながら扉を開く。 そこには大きなバスケットを手にした隼人が、吃驚した表情で立ちすくんでいた。 山本も同じく吃驚したのだが隼人の顔を見てにっこりと笑うと、とりあえず部屋の中に招き入れる。 「どうしたんだ?ノックしてくれればすぐに開けてあげたのに」 そう言いながら隼人の持っていた大きなバスケットを預かろうとしたが、隼人は何故か首を振って部屋の中に入ってくる。デスクの前にあるソファーセットまで運ぶと、テーブルの上にそれを置いた。 「だって、おしごとがたいへんそうだったから」 隼人の言葉に、山本は目を瞠った。 「うんうんいっていたし、ためいきをついていたし。じゃましたらいけないかなって…おもったから」 山本は、ドアの外にいた隼人がそれを聞いていたのに驚いた。本部にある執務室は基本的に完全防音のはずだ。それはセキュリティ担当である自分がよく知っている。自分がドアの外の気配に気付いたのは、長年の訓練の賜物みたいなものだ。それなのに――。 「オレの溜息が聞こえたの?」 山本の問いかけに、隼人は大きく頷いた。 「でも、きっとおながすいているって、おもって」 バスケットに被せられているナプキンを捲ると、中には綺麗に作られたサンドイッチが並んでいた。それを見た途端、山本は急に空腹を感じた。 「うっわー、美味しそうだな」 「おちゃは、もっていくのはあぶないからあとでもってきてくれるって」 「…誰が?」 「むくろ」 隼人のその言葉の直後に、ノック音が聞こえてきた。 紅茶とともに隼人の分のミルクも一緒に持ってきた骸は、山本が気味悪くなるぐらい笑顔だった。 「そのサンドイッチですけど、隼人も手伝ったんですよね?」 隼人は骸の言葉に笑顔で頷く。 「ばたーをぬっただけだけど」 「きっと美味しいですよ」 そして、骸は気味悪くなるくらいなにも言わずに去っていった。 まさに飴と鞭だな。 それでも目の前にあるサンドイッチが美味しそうなことには代わりは無いし、目の前で隼人も笑っている。山本は有難くそのサンドイッチを頂く事にした。 「…おいしい?」 「ん、勿論」 山本が笑顔で答えると、隼人は嬉しそうににっこりと笑った。 ゆっくりと食事をとった後は、相変わらず苦手のデスクワークが待っていたが、それでも少しは進みが良くなったようだ。この分だとなんとか終わらせる事が出来そうだ。 隼人の御蔭だな。 今は、ソファで身体を丸めて眠ってしまったその小さな寝顔を眺めた。 ええと…もはや別物(爆)ですが、楽しんでいただければ(としか言い様が無い/爆)/つねみ |