トリックオアトリート ――コンコン いつになく忙しいノックの音に、綱吉は書類を捲る手を止めて顔を上げた。返事を待たずに開いた扉から覗いたのは、白く小さな手。 「あっ…」 自分の失敗に気付いた小さな声に、綱吉は思わずクスッと笑った。 「いいよ、隼人入っておいで」 声をかけられておずおずと入って来ると、丁寧に扉を閉めた後、隼人はちょこんと頭を下げた。 「ごめんなさい、ツナ」 白い頬が、少しだけ赤く染まっている。綱吉はその様子にニッコリと笑った。 「いいよ。全然気にしてないから。それよりどうしたの?」 隼人は、いつものように午前中に山本に連れられてやって来ていた。山本はまだ本部内で打ち合わせ中のはずだから、いつもなら書斎辺りで本を読んでいる頃だろうに。 綱吉の問いかけにはっと顔を上げると、パタパタッと駆け寄って来た。 「ツナ、おねがい、かくして?」 綱吉の右手をしっかりと握りしめ、すがるような瞳で見上げてくる。 「隠す?」 「うん。もうくるまをおりたから、きちゃうの」 「へ?誰?」 「だまっていて」 必死な様子で綱吉にそうお願いすると、隼人は素早く綱吉のデスクの下に潜り込んだ。 「隼人?」 綱吉がデスクの下を覗くと、隼人は膝を抱えて小さくなっていた。唇の前に人差し指を立てると、しーっと小さな声を出す。状況が良く分からないが、綱吉はとりあえず笑顔で頷いた。 ――コンコン 間髪入れずに、落ち着いた様子のノックが響く。 デスクの下の隼人は、両手で口を押さえると、何度も頷いた。綱吉は椅子をあまり前に引かないように気を付けて座り直し、正面を向いた。 「どうぞ」 「入るぞ」 ノックをした割には有無を言わさない言葉と共に扉を開けたのは、黒スーツにボルサリーノを被った綱吉の家庭教師だった。闇を溶かし込んだような瞳と髪をしており、その薄い唇だけが朱を引いたように紅い。出生全てが謎めいた彼が、幼なかった綱吉をボンゴレファミリーの10代目に鍛え上げたのだ。 「リボーンと…その荷物はどうしたの、ランボ?」 長身のリボーンの後ろから部屋に入って来たのはランボだった。柔らかな癖毛が白い顔を縁取り、透き通るような若草色の瞳が印象的だ。両手に提げた紙袋を下ろすと、三つ編みにした後ろ髪を優雅に払う。 「ツナさん、こんにちは」 ランボは裏世界では名を馳せたヒットマンであるはずだが、そんなことを微塵も感じさせない笑顔を浮かべた。 「隼人、来てますよね?どこにいるか知りませんか?」 「いや…でも何で?」 綱吉は、自分の足を小さな手が掴むのを感じた。 「せっかくハロウィンだから、仮装させたいなーって思いまして!」 綱吉は一瞬にして全てを悟った。 「じゃあ、その荷物は全部衣装なわけだ」 ランボはボヴィーノファミリーに所属しているが、リボーンのパートナーであり、ツナが幼い頃からの遊び相手だったため、今でもこの本部にもよく顔を出している。そして、少し前に顔を合わせた隼人のことが、初めて見たときからいたく気に入ったようだった。会う度に抱き上げて固まる隼人の頬にキスをしたりしていたが、やがて二回に一回は隼人が姿を隠すようなっていた。耳が良い隼人は最初のうちこそ見つからなかったが、最近は逃げ切れない時もあるらしい。 ――一流のヒットマンを相手にしているんだから、当たり前なんだけど。 綱吉は胸の内だけで溜め息をつくと、笑顔を浮かべた。 「書斎にいなかった?だったら散歩でもしているかな?」 「そうですか…じゃあ探してこなきゃ。ツナさん、荷物を置いていて良いですか?」 ランボは綱吉の返事を待ってから、部屋を出ていこうとした。 「ちょっと待て」 今まで黙っていたリボーンが急に声をかけた。思わず動きを止めた綱吉とランボを見てニヤリと笑うと、人差し指を唇の前に立てた。 素早く綱吉のデスクに回り込むと、抗議の声を上げる間もなく強引に綱吉の椅子を引いた。 「見つけた」 リボーンは楽しそうに笑うと、綱吉の足にしがみついたまま引きずり出された隼人の両脇に手を差し入れて抱き上げる。突然の出来事に声もなく固まる隼人の頬に、唇を寄せた。 「お前程じゃ無いが、俺も耳は良いんだよ」 隼人は何故か顔を真っ赤にして、固く目を閉じる。リボーンがその耳にも唇を寄せると、隼人はそのスーツの襟をぎゅっと掴んだ。 「観念しな」 リボーンはランボの手に隼人を渡すと、自分はソファーに深々と座り込んだ。 「隼人〜。相変わらず可愛い〜!」 ランボは自分の手に隼人を抱えると、眉をひそめた彼の頬に何度もキスを送る。 「…ランボ、キスし過ぎじゃない?」 苦笑混じりの綱吉の声に、ランボはさまになるウインクをしてみせる。 「いつもは山本さんが邪魔をするから、ここぞとばかりに、ね」 さーて、何を着せようかなぁ〜♪ 綱吉に向かって縋るような表情をうかべた隼人を抱えて、ランボは荷物と共に消えていった。 「あーあ…ごめんね、隼人」 綱吉の呟きに、リボーンは紅い唇を引き上げて笑った。 会議と言うにはラフな雰囲気のミーティングを終えて、山本は廊下を歩いていた。予定より一時間押してしまい、山本は急いで書斎に向かう。 「隼人ーっ、遅くなって…あれ?」 扉を開けると同時に声をかけたが、中にいると思っていた小さな姿が見えない。屋敷の中を散歩することはあっても、山本の仕事終わりの時間には大抵ここで本を読んでいるのに。 「…あれ?おかしいなぁ」 山本は机の上に伏せてあった本を取り上げ、栞を挟んで閉じた。 「何か慌てて出ていったかな?」 一瞬、屋敷の中を探そうかと思ったが、その広さを考え、すぐに放棄した。 「…とりあえず、ツナに聞いてみよ」 溜め息混じりに呟くと、再び書斎の扉を開く。 開けて、まず目に入ったのは、ふさふさで三角に尖った銀色の耳。 へ?耳? 驚いて固まった山本の足に、何かがしがみついた。その手は銀色のふかふか、ついでに大きくふさふさとした尻尾らしきものまである。 「へ?」 「とりっくおあとりーと」 間抜けな顔で固まっている山本を、隼人は楽しそうに見上げた。 「おかしくれなきゃ、いたずらするぞ?」 隼人は山本に向かって両手をつきだした。 「隼人…どうしたんだ、その格好?」 しゃがみこんで隼人と目線を合わせた山本は、それでもまだ呆けた表情をしていた。 「はろうぃんだからって…おおかみおとこ」 肉球つきの手袋で頭の上の耳を触り、隼人は小首を傾げた。 「…へん?」 少し心配そうな色をした瞳で見詰められ、山本は隼人を抱き上げた。 「まさか!すっげー可愛いよ」 その白い頬に唇を寄せながら告げると、隼人は嬉しそうに口を開いた。 「よかったー。みんなこれがいちばんかわいいってゆってくれた」 山本はキスをする直前で再び固まった。 「え?」 隼人が山本に抱き上げられて再び綱吉の執務室を訪れると、中では綱吉とリボーンとランボの三人が骸の入れた紅茶を楽しんでいるところだった。 「あ!せっかく狼男にしたのに、狼に捕まってる」 ランボが声をかけると、山本が睨み付ける。 「ランボ…やっぱりお前か」 大の男が震え上がる程の睨みを、ランボは肩を竦めるだけで流した。 「可愛いからいいでしょ?耳も手袋も尻尾も、わざわざ隼人の髪の色に合わせたんだよ」 「まあ、そりゃそうだけど…」 「まあ、山本もそのくらいにしておきなよ。隼人、本当に可愛いしさ」 綱吉の言葉に山本の表情が思わず緩む。 それを見て、骸がにこりと笑った。 「そうですね。ドラキュラの格好も可愛いらしかったですが」 ランボが笑顔で続ける。 「でも、悪魔の格好も可愛かったでしょ?」 紅茶の香りを楽しんでいたリボーンが、笑顔を浮かべた。 「俺は魔女の格好が一番好きだったがな」 四人の会話に撃沈気味の山本に、隼人がトドメを刺した。 「すかーとがはずかしいから、もうまじょはしない」 山本の聞き込みによると、その日隼人は色々な仮装で歩き回っていたらしく、目撃者の証言は様々だった。 その写真が、極秘で出回ったという噂もあったが、何故かすぐに消えた。 「…ったく、油断も隙もない」 「やまもと、そのしゃしんなに?」 「ん?皆がくれたんだよ」 ボスの守護者の裏の顔を知った人物が、かなりいたとかいないとか。 隼人のコスプレ(?)は色々と悩んだんですけど、耳と尻尾をつけたくて狼男(の子)になりました(笑。個人的には魔女っ子の格好をさせたかったですけどね。あははははは…/つねみ |