バニラ 「あー、隼人いいもの食べているね!」 突然サンルームの入り口から聞こえた声に、隼人はビクリと身体をすくませた。硝子越しの光が柔らかく降り注ぐガーデンチェアーに座り、目の前のテーブルに手を伸ばしたまま天敵を見るような目でランボを振り返る。実際、会う度に過剰なスキンシップをしてくるランボを隼人は苦手にしており、初めのうち耳の良い隼人は足音が聞こえる度に姿を隠していた。しかし、相手は一流のヒットマン――ランボはボンゴレの屋敷に入ると足音も気配も殺すようになり、最近はランボに捕まることが多くなっていた。 隼人はテーブルの上にあったものを両手で抱えると、ランボから隠すように背中を向ける。その後ろ姿をニコニコと笑いながら眺め、ランボはゆっくりと近づいた。正面に回り込むと、隼人は慌てて横を向く。 「早く食べないと溶けちゃうよ?」 ランボは気にすることなく隼人の正面に座ると、その白く丸い頬をつついた。ピクッと反応してから睨み付けると、隼人はその小さな手を後ろに回した。 「…あげない」 「いいじゃん、そのアイス一口頂戴?」 隼人がランボから必死になって隠していたのは、カップのバニラアイスだった。 「溶けちゃったら美味しくないよ?」 「まだかたい」 「僕も食べたいなー」 ランボの言葉に「べーっ」と赤い舌を出して見せると、隼人はプイッと横を向いてしまった。 初めて会ったときはまだまだ大人しかった頃で、ランボのスキンシップにも困ったような表情をするだけだった。しかし最近では、様々な大人に囲まれ構われているせいか、子供らしい一面を見せるようになった。その一人である自覚が大有りのランボは、赤く染まった頬を膨らます横顔を眺めて目尻を下げた。 ――あーでも本当にアイス食べたくなっちゃった。厨房で貰ってこようかなぁ。 そう思ったランボが腰を浮かせた時、いきなり入り口の扉が開いた。 「隼人ーっ」 確実に語尾にはぁとを付けながら現れたのは、ボンゴレファミリーの誇る剣豪の一人だった。その声を聞いた途端に、隼人が笑顔を咲かせる。 「やまもと!」 ボンゴレの守護者の一人であり武闘派としても知られる山本であるが、椅子に座る隼人の前で相好を崩して膝をつく姿は、どこから見ても単なる親バカだった。 「相変わらずですね、山本さん」 「ん?ランボいたのか?」 「…まあいいですけど」 自分も同じ立場の人間としては、その気持ちが嫌と言うほど解るだけに何も言えない。 「あーあ、なにやってるんだよ、アイツ」 ため息をつくランボの目の前で、二人はニッコリと笑いあっていた。 「隼人、いいもの持ってるな」 「さっきちゅうぼうでもらった」 「あそこは業務用冷凍庫だから、カチカチだろ」 「だからしばらくまってた」 「おー。そろそろ良さげだぜ」 二人の甘い会話に流石のランボも横を向く。 「ぶー。僕も食べたい」 ランボのブーイングを綺麗に無視して、山本は隼人のてのなかにあるアイスのふたをとる。まだ少し固さの残るアイスに、隼人は手にしている銀色のスプーンを一生懸命に差し入れてすくい上げた。 金属に触れた部分からとろりと溶け出すアイスには、バニラビーンズの粒が見え隠れしている。そのスプーンを一瞬止めた後、隼人は山本に向かって差し出した。 「はい」 「俺にくれるの?」 「うん」 笑って頷く隼人が可愛くて、山本は思わず椅子から抱き上げた。そして驚いて身体を固くする隼人の頬に、小さくキスを送る。 「あぶない!」 「ごめんごめん…アイス、貰ってもいい?」 「もう」 少し唇を尖らせながらも、隼人がもう一度スプーンを山本に差し出す。この上ない幸福感に浸りながら、山本は大きく口を開けてスプーンに近づいていった… 「あっ!」 「んー!?」 「…うん。なかなかイケるぞ」 甘く冷たい感触を思っていた山本の口の中にアイスが入ることはなく、隼人の小さな手は黒ずくめの悪魔に捕まれていた。 「リボーン!」 ランボの声に一瞥をくれると、リボーンは部屋の端に置いてあるソファーへを足を向けた。 「リボーンってば!」 「ウルセーぞ、アホ牛。人のことをアイツ呼ばわりとは偉くなったもんだな」 振り返りざまに白いカップを投げるとランボは慌ててそれを受け取るが、続けざまに飛んできた銀色のスプーンはその額に当たった。 「痛い!」 「貰ってきてやったんだ。文句を言うな」 「うううう…まあそうだけど」 「っていうか!だったらなんで俺のアイスを取るんだよ!」 スプーンを差し出した姿勢のまま固まっている隼人をぎゅっと抱きしめながら、山本は珍しくリボーンに食ってかかっていた。その抗議をどこ吹く風と流しながら長い足を組み、最強ヒットマンはアイスのふたをとった。 「鬱陶しいからにきまっているだろ」 優雅な手つきでスプーンを取り出すと、リボーンは満足そうに笑ってそう答えた。 プランツ隼人は、あからさまに山本を贔屓するまでに大きくなりました(爆。おかーさんはうれしい!それもこれも、周りにいる大人達のおかげだと思います…くす。/つねみ |