チョコレート抗争



引き続きこの日のボンゴレ総本部は好き嫌いや目的に関わらず、上へ下への大騒ぎだった。
そんな喧騒の中、ある部屋の陽だまりの中置き去りにされた存在があった。スゥスゥと可愛らしい寝息を立てているのは未だその頬に幼さを色濃く残すランボ。呼び出しを食らってボヴィーノバレンタインパーティーを断念して来たと言うのに誰もランボに構う余裕がなくいつしか放っておかれていた。最初こそ知り合いの誰かを探してうろついたものの、辿り着いた部屋の落ち着いた雰囲気と心地よい肌触りのクッション、そして暖かい日射しについ目を閉じてしまった。気を利かせた誰かが被せていったピンクの毛布の中でゴソゴソと寝返りをうつ。ふんわりとしたカーテンで日差しはあくまでも柔らかく降り注ぐ。
ボンゴレバレンタインパーティの騒ぎの中、争奪戦を抜きにしてもチョコのためには死ぬ気でがんばるランボなのに、未だ目覚める気配はない。

「――マダムは誰に賭けます?」
「さぁ。9代目はどなたに……アラ」
背後の老人へとドアを開けた女性が後続の男性達に人差し指をたてて静寂を求める。窓際のソファで眠る子供をみつけたのだ。
「一番人気なのにこんなところで寝てるなんて」
ランボの頬をつつく、マダムと呼ばれた女性は艶やかな黒髪をゆったりと肩に垂らし、強い意思を映す榛色が印象的な瞳を持っていた。唇と同じ色に塗られた指先が、そっとランボの頭を支えて自らの膝の上に移動させる。彼女の名前はセレリア。ボンゴレの財務法務室・室長で並み居る幹部の中では一番の若手ながらもそこはボンゴレ幹部。ただの美女である筈がなく、幾つもの逸話が残っている。オスカーという深紅の薔薇しか受け取らないという話が巷に流れ、彼女の誕生日には他のファミリーからオスカーの花束が慎ましく言っても部屋いっぱいに贈られてくる。ちなみに、キャバッローネのディーノもその一人である。
そのランボを撫でる彼女を囲むように二人の男がソファを動かした。一人は痩身で長身。上質なスーツを隙なく着こなして理知的な面持ちの典型的なイタリアの伊達男はボスのスケジュール管理からボンゴレの社外の対応までをもこなす秘書室・室長のケルビス。略称はケルヴィ。獄寺の上司に当たり、生真面目な獄寺をからかうことを日課としているという噂がある。綱吉が10代目を継承することが決定した瞬間に、秘書室全員に日本語をマスターさせ始めたのも彼の手腕によるものである。
ソファの具合いをみるケルビスは、さっさと腰を下ろした白髪の混じる短躯の男に話しかけた。
「ドミ、おまえさんは誰に賭けるんだ?」
「馬が全部出きっていないからなぁ」
「そろそろ時間ですよ」
ドミと呼ばれた男の名前はドメーニコ。鼻の上に小さい老眼鏡をちょこんと置いて、人を見上げる仕草はユーモラスだが、非常に頭の回転が早く笑顔で「しょうがねーな、じゃあ消(殺)してこいや」と言い放ち、部下を凍らせる食えない男だった。ボンゴレの子会社や関連会社の企画・運営が中心の面倒くさい業務内容を、飄々とこなしている。ドメーニコは、反対側に座る葉巻をくわえる男に話を振る。
「ゲイブは?」
「俺は自分の部下を信じるタチでね」と、葉巻をくわえながら人好きのするウィンクを一つ。
五十を越して、やや落ちたとはいえ厚い胸板と腕はまだまだ実戦もいけそうな彼は危機管理室・室長のガビーノ。元グリーンバレーだの、ベトコンに従軍したの、ゆりかご事件で陣頭指揮をとっただの、いわくつきの噂だけが渦巻いているが、最近三十近くも若い嫁さんをもらって第二の人生を謳歌中ということしか、部下である山本は知らなかった。
以上四人が9代目から10代目へと引き継がれたボンゴレの表の幹部達だった。マフィアといえど21世紀のマフィアは企業という側面が必要なのだ。そして、本来ならば10代目である綱吉が人選をするのだが、「どうぞ、そのまま引き継いで頂けると嬉しいです」という丁寧な依頼でスタッフ全員をまるっと引き受けた。
彼らとランボを柔らかい視線で見守るのは、白髪のボンゴレ9代目。
綱吉にドン・ボンゴレを継承した後は隠居したものの、今日のようなイベントを開催してはファミリーに興をふりまいていた。
「どの部下か知らんが、山本なら獄寺の部屋へとさっき入って行ったな」
「相変わらずねぇ」
くす、と笑いが零れる。ガビーノはそんなのはお見通しだ、と笑って煙を吐いた。
「10代目は?」
「そういや見ていないな」
「9代目、骸の気配はないですか?あいつだったら“見えて”いるかもしれない」
「正直に教える彼じゃないし、彼女じゃないだろ」
「確かに。――そういえば、リボーンも見えないな」
彼らの会話を邪魔しないように、お茶の準備が進み蒸らされてふっくらとした茶の葉の香りが漂い始め、お茶うけにと、本物そっくりの薔薇に象られた小さなチョコレートが華を添える。
「大穴でリボーンだけど、今更”おまけ“はいらないだろ?」
「9代目も人が悪いからなぁ」
さざめく笑い声。マダムはずっと撫でていた頭が身じろいだのでその手を止めて覗きこむ。
「ボンジョルノ、雷の守護者」
ランボは焼きたてのクッキーの香ばしい匂いで目を覚ました。そのぼやけた視界で美しい人が太陽の光を弾いて微笑んでいた。
「……天使様?」
首を傾げるランボの頭を撫でる暖かい手にランボが振り返ると、見知ったボンゴレ9代目がいた。
「アレ?アレ?アレ?」
頭がはっきりする前に美しい天使に抱きしめられ、頬にキスの雨。その腕の隙間からニヤニヤと笑う男達が見えた。直に逢うことの少ないボンゴレファミリー、表の食えない幹部達!ランボは一気に目を覚ます。
「失礼いたしました!」
入ってはいけないところにいたのだとランボは飛び起きた。しかし誰がそんなランボを怒るだろう。
「もうすぐタイムリミットだよ。早く探しておいで」
「何を?ですか?」
柔和な9代目はドン・ボヴィーノに似ているからランボは大好きだった。
「私からのバレンタインプレゼントだよ」
「探す場所は?リボーンはもう探し始めてます?」
「この屋敷の中だよ。彼も既に始めているよ」
お茶とクッキーの香りが鼻にたどり着いてお腹がクゥと鳴るけれど、これ以上ここにいるのがいたたまれなくて、ランボはマダムの膝から降りて部屋の入口で優雅に一礼して扉を閉めた。
「ランボが参戦したってことで、私は彼に賭けます」
その後ろ姿にドメーニコが黄色い札を降らした。受け止めるのはテーブル中央の瀟洒な壷で、その中にはカラフルなユーロ札が溢れるように入っていた。さすがボンゴレファミリー。些細な賭けでも本気を忘れない。

階段を下りながら腹減ったなぁとランボは呟く。なにせ伸び盛り。おやつでもご飯でも絶賛募集中なのだ。
何はともあれ宿敵・リボーンより先に探し出して、その後でツナにでもおやつを貰おうと、ボンゴレ探検を始める。
綱吉達がイタリアに来てから、山本と一緒にボンゴレ本部内は何度も探検をした。立ち入り禁止区域もいくつか覗いた(けれど、複雑な表情をする山本の理由は未だランボは理解していなかった)。一通り、隠し場所になるようなところを見回る。途中、綱吉やクローム、山本と獄寺の姿を見たけれどすぐに彼らは消えていった。床下、庭の一部にあるウサギ小屋の中や、木の上の小鳥の巣の中をチェックし、図書館の本棚で隠せそうなところは埃が溜まっていたし、いくつかあるキッチンの棚の中は既にシェフやメイド達が探した後だった。立ち入り禁止区域はそもそも対象外だろうからと、階段の下の隠し倉庫まで探したけれどどこにも見つからなかった。玄関の古時計の中かとそっと開けたけれどもちろん無く。
ボンゴレ本部のことをランボが一番知っている事は、ボンゴレファミリーの既成事実だった為、何人もの"本職"につけられたが、かくれんぼの要領で撒いた。
「俺を見くびっちゃ困るって」
広間のテーブルの下、一つ一つ覗いたけれどそこにも無かった。後は10代目の執務室かと階段を上り始めた時にふと、使われていない暖炉を思い出した。 この時期、あちこちの暖炉には火が入っているが、いくつか飾りの暖炉があるのだ。正面玄関の横の暖炉は強力なファン・ヒーターが入っているため、まさにそうで。ランボは誰にもつけられていないことを確認してもぐりこんだ。
「あった!」
真っ白な箱にピンクと赤のリボンがかけられていた。暖炉から這い出してリボンを解く。現れたのはそれは見事な大きなハートのチョコレートで今まで嗅いだことのないぐらい魅惑的な甘い香りがした。ホワイトチョコレートで、Per il mio Tesoro prezioso!と書いてある。
「うわぁ……」
我慢できずに割ろうとした瞬間、ランボはひょいと宙に浮いた。いや、浮かされた。
見上げるとランボの一方的な運命の宿敵・リボーンが、ランボを摘み上げていた。なんの感情も浮かんでいない目でランボを見下ろしている。
「何すんだよ」
ランボはチョコレートごと両手で抱え込む。途端に鐘の音が響き渡り、その音にランボがビクと体を震わせれば階段の上から9代目達が拍手で降りてきた。
「今回のプレゼントはランボとリボーン二人に決まりだな」
リボーンはすかさずランボに囁いた。
「アホ牛、お前チョコだけでいいよな」
「ズルはだめだよ、リボーン!」
ランボを丸め込もうとしていたリボーンに、別の部屋から出てきた綱吉が鋭くつっこむ。リボーンの舌打ちもゲーム終了で集まる人々の喧騒で消された。
「じゃ、チョコレートとおまけの一週間の休暇は二人に。おめでとう、リボーン、ランボ」
9代目と賭けに買ったらしいドメーニコの笑顔が近付き、しかしえ?と状況がつかめないランボを掴んだまま、リボーンはマンマ・ミーアと天を仰いだ。

この日から数週間後、誰もが羨む一週間のホリディが二人を待ち受けていた――。






暖炉の中のチョコが溶けないのは死ぬ気の炎で固まっていたからです。ってことにしてて下さい。
リボ様はランボと連名で、屋敷の全メイドちゃん達に一週間の休暇を権利譲渡して、慣れない給仕や掃除に四苦八苦させてボンゴレを混乱に陥れ、メイドちゃん達の偉大さを知らしめると共に、自分の人気をちゃっかり上げたみたいです。

だい。20080214






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