Buon Natale!!



 教会に行って、形ばかりのお祈りをして、今年もファミリーが安泰だったことを本気で感謝して、パネトーネをみんなで分けて、プレゼントをあげたりもらったりをして、最後はみんなで一年の幸福へのキスをして…と思っているナターレの夜。
 聖歌隊の賛美歌は教会の中を響き渡って、ガラスのような輝きが降り注いでいるようだった。実際、音が見えるわけじゃないけれど、まだ言葉をちゃんと話せないバンビーナが中空を指してあうあう言ってたからきっと天使が見えたんだと思う。昔、リボーンみたいだと思っていたイギリスのナニーのお話。セフィロスに乗ってやってくる彼女が言うには、生まれてから言葉を話すまでの間、赤ん坊は人間の言葉の代わりに鳥や風や精霊の言葉がわかるそうだ。ボスのひ孫のこのバンビーナは時々誰もいない方を向いて話しをしているから、きっとそうなんだろう。精霊達のプリンセス然としている彼女は、オレのはねっかえりの髪の毛がお気に入りで、今も三つ編みを何房か小さな手に握りしめている。まるで紐みたいだ、とボスが笑うから少々の痛みはまぁおいておくことにした。こんな人が溢れているのに、彼女は気圧されずにはっしとステンドグラスとそのまえの磔刑のイエス・キリストをみつめている。その蒼い眸は何を見ているんだろう?願わくば名前のルーチェの通り、光の中だけを歩いていって欲しい。
「―― amen.」
 神父の話も終わり、慌ててamenと呟く。一斉に人々が立って出口へと向かう。ボスと彼女といくばくかの側近達と人の流れが切れるのを待つ、と彼女に強く神を引っ張られた。
「どうしたの?」
 イエス・キリストをみつめていたように、彼女が強い眸で見ている先には――。
 先には。
 リボーンがいた。
 出口へと向かう人の波の中、誰も彼もが彼を避けてそこから人々が分かれていく、真ん中に。
 なんでここに?今日はボンゴレでナターレだと思っていたのに。
 ボスは事情を察して、俺の腕から彼女を抱き上げた。最後まで髪を握りしめていたけれどボスが「ランボは次のご用事だよ」と囁くと、興味をなくしたように離してくれた。それはそれで寂しいものがあるなぁと思いながら、改めてボスと彼女の両頬にキスをした。
「ボン・ナターレ、ボス、ルーチェ」
「ボン・ナターレ、ランボ」
 ボスは行きなさい、と言う風にリボーンを指すから、慌てて傍らのコートとボルサリーノを手にして、リボーンに走り寄る。いつも黒ずくめなのに、今日はチーフだけ赤くしてる。そのチーフもよく見たら花が織られていてけっこういい感じ。流石リボーン。
「ボン・ナターレリボーン。今日はボンゴレじゃ…」
 リボーンはぎゅっと俺を抱きしめた。えええええ。どうしちゃったの、この人。
「リボーン?ちょっと痛い、痛いから」
 背骨折れるって、って思うぐらいに強く抱きしめられる。仕方ないから俺も抱き返すけれど、教会の中で堂々とこれってもうかなりの開き直り。ドラマティックに見えるらしく、すれ違う人々から祝福の言葉をかけられる。恥ずかしくて顔が上げられない。まるで嫌がらせにように抱きしめ合って、
「ルーチェはもうすぐ一歳か」
 わざとしていたに違いない抱擁を解いてくれた開口一番に彼女の話題。リボーンの視線を追うと、ボスに抱かれたルーチェがイエス・キリストを見ていたように大きな目で俺達を見ていた。
「そう。かわいくてたまんない」
 ボルサリーノの陰で口の端が上がるのが見える。なんでそんな風に笑うんだろう?
「言葉が話せなくても性(さが)は変わんねぇな。ランボ、どっか行きたいとこあるか?」
「ないし、ごめんリボーン。まさか逢えるとは思っていなかったからプレゼントを用意してない」
「あぁそれは俺もそうだ。時間が空くとは思わなかったしな」
 並んで人混みに紛れて、外へと吐き出される。街中は自宅へ帰る人達で溢れている。なんとなく、その流れにのって歩き続ける。ルーチェのことを性、と呼んだ。どういう意味だろうかと思いながら、リボーンに気になることを聞いてみる。 
「リボーンは今も精霊の言葉が聞こえる?話せる?」
「おまえの精霊の定義はなんだ?」
「見えないものに定義もへったくれもない」
「見えないものか。それらは見えるものと見えないものがあるな」
 やばい。地雷を踏んだかも。禅の押し問答のようになってきたらもう同じ地球上の言葉かと疑ってしまいたくなるぐらい難しい話になる。だからそういう時は唇を塞ぐに限る。建物にリボーンを押しつけるようにキス。突然のことに少しだけ驚いていたリボーンも、すぐに応えてきた。髪を擽られ、うなじをさすられゆっくりと口の中をあますとこなく嘗めとられるリボーンのキスに段々頭が揺らめいてくる。毎回思うけれど、ほんとにうまい。ついうっとりして、とろけてしまいそうだ。
「寒いな、どこか入ろう」
「それもいいけど、アンタんちに行きたいな。途中でスプマンテとパネトーネを買って帰ろう」
 二人っきりでクリスマスの真似事をしようぜ、リボーン。
「両方、用意済だ」
「花は?」
 誰かの代わりでも嬉しいのは今夜がナターレだからに違いない。
「まだ」
「じゃ、それを俺が買うよ。ありったけのバラを買って帰ろう。そして」
――キスの続きをしよう、なんてベタだよな。
 自嘲する俺の鼻先をぺろりと嘗めてリボーンが囁いた。
「精霊が言うには」
 話がぶり返す。邪魔できなくて残念。花屋まで拝聴することにいたしましょう。
――俺の部屋はアルティトナンテ用らしい。
 その言葉に救われる。立ち止まって、熱くなる胸と鼻をやりすごす。
 偉そうな顔をするリボーンの頬をつねりたいのを我慢する。
「ずいぶん、ひねくれた精霊だな。今日ぐらい素直になればいいのに。ルーチェみたいに」
 リボーンはふんと鼻を鳴らして先を歩く。
 どうやら、黒い死神は光が苦手なようだ。自分だって昔はそうだったくせに。
「バラが売り切れちまうぞ。――アホ牛」
 バラを買ったらその胸ポケットのチーフをプレゼント代わりにもらって、真紅のバラを挿そう。それでひとまずのクリスマスプレゼントとさせてもらおう。
 そう思いついたらなんだか愉快な気持ちになった。
 そうだ、今日誕生日の彼のためにもバラを買おう。流れた血のように真っ赤なバラを。罪深い俺たちのために流した血のような。
 Buon Compleanno そして amen。






altitonante:雷鳴をとどろかせる神

BGM:Coro:Osanna in exceisis (Messe in H-moll in B minor) by Johann Sebastian Bach
2008メリークリスマス! だい。/20081225






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