強くかよわき者達 ざぁぁぁっと桜吹雪が激しい音をたてて舞い踊る。 裏も表も黒衣のマントが風に高く翻る。 冷たい風のあいだに一人の男が桜の大樹の幹に手をついた。見下ろすと、同じく黒衣のまま寝転がる男が一人。 「恭弥」 はちみつを思わせるねっとりとした蜂蜜色の髪を風に遊ばせている中、まるで人形みたいに澄んだ青い瞳がいとおしく緩まった。漆黒のスーツに漆黒の髪の雲雀は、ディーノが呼びかけても尚、その目を閉じたままだった。傍ら、緑の芝生に膝をつき、雲雀のほおに手を伸ばしてその温かさを味わうように撫でて、そしてうつむいて、くちづけた。雲雀の乾いた唇をぺろりと舐めとって離れる。 「――何を呑んだの?」 「ん。花見酒」 「相変わらず日本の物に弱いんだね」 ぐらりと、ディーノは雲雀の上に崩れ落ちた。顔は緩んで男前が台無しだ。雲雀は腕枕を解こうともせず、胸の上で心地よい、まるで猫みたいにくつろぐディーノを見下ろす。 「んー、弱いよ?ツナにも弱いし、日本酒にも弱い。そしておまえにはもう、なんていうの?メロメロ?っての?」 「知らないよ」 ディーノが現れる少し前まで、桜並木はおとなしいものだった。雲雀の組んだ足先でヒバードが毛繕いをするぐらい平和だったのに、少し前から風が吹き荒れ始めて、飛ばされそうになったヒバードを掌に隠し、懐に入れた。 そのヒバードが、ディーノと雲雀の顔の間で、ぴょこんと顔を出す。 「おまえはいいなぁ…恭弥といつも一緒だ」 唇を伸ばして、ヒバードにちゅちゅと口づけるディーノはすっかり酩酊状態で雲雀の胸の上でごろんと伸びた。 「跳ね馬――」 ん?とディーノは赤い顔で笑う。 「さっさと子供つくって11代目を育てれば貴方は隠居できるだろ?」 「んなことしている間におまえがいなくなっちまいそうだ」 桜が咲く頃は冷えが一段と深まる。一度暖かくなっているから余計にその寒さを感じてしまう。ディーノは怠惰に、体を伸ばしてヒバードに頬をつけて風避けになりながら、雲雀へと微笑む。目尻に皺が刻まれてもその美貌はなんら崩れない。 「それにそんな俺はおまえは相手してくんねぇ」 「ボケ老人になった?」 「ひでぇ」 雲雀の言葉にふにゃりと笑うディーノに雲雀は口の端で笑って目を閉じる。 大人になろうとも、ディーノの屋敷の窓からお邪魔する雲雀を迎えたのは、どんちゃん騒ぎ中のキャバッローネファミリーだった。スタンドアローンな雲雀はまさかそこに綱吉達ボンゴレメンバーが揃っていることも知らなかった。「赤ん坊!」とリボーンをぎゅーっと抱きしめ、背後からディーノが気炎を上げるが、それすらも酒の肴となって場は盛り上がった。 「俺に逢いに来たくせに、リボーンだもんな」 「貴方は呼びもしないのに来るからありがたみがない」 片やボンゴレに次ぐ巨大ファミリーのボスであり、片や世界の七不思議を追ってるだの、並盛の番人だの実際のところ何をやっているのかわからない雲雀では逢う時間をつくることは少なかった。それでも、ボンゴレのトラブルに必ずまきこまれる雲雀とそして綱吉のためには一肌も二肌も脱ぐのがディーノの役回りなのか、関係はずっと続いていた。出逢ってから十年がたった。 桜の季節は並盛から離れない雲雀がなんの風の吹き回しか珍しくキャッバローネを訪れた。毎年、桜とそれに続く大型連休は日本を訪れていたが今年は同盟ファミリーのトラブルの収拾に当たっていた為にイタリアを離れられないと連絡を入れていた。 「俺は…おまえに自分を重ねているかもしれない…ガキのくせに自由で強くて、無鉄砲で…」 ディーノは懺悔室の告解のような言葉の連なりは風に乗ってすぐにどこかへと飛んでいく。 「ゆるすもゆるさないも貴方はただの人間だ。持てる分以上の物は持てないから安心したらいい」 雲雀らしい言い回しにディーノの心はぱたんと横になる。今のディーノのように、雲雀によりかかってくたりと力を抜く。 「まだここで寝ているのか?」 「いや――動けないんだ」 「呑みすぎ?」 「――サクラクラ病」 雲雀はうっすらと笑い、ディーノは誘われて片手を伸ばした。 「こんなとこ襲われたら」 「貴方が来た」 雲雀を両のかいなに抱き込む。 「おまえみたいなのをツンデレっていうって、ツナに聞いた」 「嫌いじゃないだろ?」 答の代わりにディーノが力を入れると、雲雀のスーツの背中に皺が寄った。がくんとのけぞる雲雀は本当に体に力が入らないようだった。 「昔ならともかく、今のお前を抱き上げるのは難しい」 「情けないね、跳ね馬ともあろうものが」 雲雀はディーノの背中に片腕を回して抱き寄せた。 「じゃあ、もう少しここで花見をしていけばいい」 甘い言葉を呟くときだけ、風がふと止んだ。桜の香りはしない筈なのに、嗅ぎ慣れた花見の香りがくんとディーノから立ち上った。 「春嵐」のボツ話でしたが、これはこれで甘い感じがいいなぁと思いました。大人ディノヒバの色気をもっと書きたいです。あと、エイプリルフールですが、華麗なる嘘をつく話が書けないので。だい。/20090401 |