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待ち合わせは、教会前の広場で十二時。
「…なんて、判りやすく言ってくれれば良いのに」
襟元にぐるぐる巻きつけたマフラーに顔を埋めたままひとりごちると、篭った呼気がふにゃりと口元を湿らせた。
アドヴェントカレンダーをまたひとつめくりながらクリスマスの予定に思いを馳せていたランボを呼び出した突然の電話は、用件も場所も時間もロクに伝えないまま一方的に切れてしまったから、勝手な事言うなよ!と憤りながらも、待ち合わせに遅れてしまって延々と嫌味を言われてはたまらない、と慌しく身支度を整えて息を切らせながら予定よりも早めに着いたと言うのに…。
「……来年こそ、殺してやるっ!」
寒空の元、三十分以上待ちぼうけを喰らって凍える掌を硬く握り締め、ランボが教会の尖塔を飾る聖人像に向けて誓いを立てたその時、
「無理無理。さっさと諦めとけ」
見透かすようなタイミングでかけられた声にびくりと肩を大きく震わせて振り返ると、目深に被ったボルサリーノの下で寒さの所為かいつもより色を無くした唇がゆるりと歪められた。
「全く、アホは幾つになっても直らねーな」
期待なんてこれっぽっちもしていなかったが(いくら「アホ牛」と罵倒されようとも、それぐらいは学習しているのだ)案の定、謝罪も言い訳も挨拶さえも交わさないまま踵を返してさっさと歩き出したリボーンの背中を追って、ランボは石畳にブーツの踵をぶつけるように歩き出した。先を歩くトレンチコートの背中に追いついて、斜め後ろから思いっきり顔を顰めて舌を出す。口で言っても敵う相手じゃない、というのも十年近い付き合いで学んだ事のひとつだった。
――ふふん。いつまでもアホ牛じゃないんだもんね。

小さな店が立ち並ぶ細い路地を距離を開けられないように時々小走りになりながら着いていくと、一軒の店の前で足を止めたリボーンの背中に顔から突進した。
「急に止まるなよ!」
「前すらロクに見てねーんじゃ、いつ後ろから殺られても文句言えねーな」
肩越しにちらりと一瞥をくれた横顔は相変わらず小馬鹿にしたような表情だったが、ランボが文句を言う間もなく前に向き直ってしまったから、結局再び口を噤むだけになってしまった。
――ケチケチしないで、顔ぐらい見せろよ。
口を開けばコドモのような拗ねた台詞しか出てこないような気がして、ランボは唇を硬く引き結ぶと、リボーンの後を追って古い木製の扉から体を滑り込ませた。
「うわあ…」
思わず零れた声は、感嘆のため息に変わった。狭い店内は壁を覆う幾つもの掛け時計と戸棚に並べられた置き時計の立てる微かな音で満たされ、さざ波のような響きを奏でていた。
「ここ、時計屋さん?」
「見りゃ判るだろーが」
呆れたようなリボーンの声も気にならない程夢中になって、ひとつひとつの時計を目で追った。うっすらと埃を被った球面ガラスを指先でなぞり、からくり時計なのか精巧な細工の躯体をしげしげと眺めていると、かちり、と一際大きな音がしたと思った途端に、店内の掛け時計が一斉にひとつ音を立てて、そして再び静まり返った。
「一時か…」
ぽつりと呟いたリボーンは慣れた様子で店の真ん中に置かれたソファに深々と腰かけ、ボルサリーノを指先でくるくると回した。無造作に組まれた足が柱時計の振り子に合わせてゆらゆらと揺れるのを見て、ランボは面白くなさそうにショーケースのガラスをこつり、と叩いた。
――昔は同じくらいだったのにな。
自分だってちゃんと成長しているのに…追いつくどころかどんどん差をつけられているような気がしてくる。多分、自分達の時計とアルコバレーノの時計は、針の進み方が違っているのだろうけど。
――いつになったら、追いつくのかな…。

「よお。来てたのか」
突然声が聞こえて振り返ると、開いたドアから顔を覗かせた初老の男がリボーンとランボの顔を交互に見比べてにやりと笑った。
「おせーぞ。時計屋のくせに時間にルーズなのは相変わらずだな」
「はん。面倒なもん押し付けやがってよく言うぜ」
「ひねくれ者のおめーに誂え向きだろ」
「素直に俺の腕を認めやがれ」
気心の知れた間柄なのか、挨拶もそこそこに辛辣な会話を繰り広げる2人の間に立って首を竦めるランボを振り返ると、時計職人らしい男はランボの目の前で、ほら、と分厚い掌を広げてみせた。
「へえ……凄いなあ」
無骨な手の中から現れた腕時計は随所に繊細な装飾が施され、スケルトンの裏蓋から幾つもの部品が噛み合って振り子を動かしている様やムーブメントの軸となるルビーの赤が鮮やかに見えた。
「どうだ?気に入ったか?」
「え?」
男の声にまじまじと見入っていたランボが顔を上げると、片手を取られてその掌に時計を落とし込まれた。
「ええっ!?これ、オレのじゃないよ?」
「気に入らんのか?」
「いやっ!すんごい気に入ってるけどっ」
「おい。勝手にやってんじゃねーぞ」
慌てふためくランボの頭を掻き回しながらにやにや笑う男を、ソファの背もたれ越しに振り向いたリボーンがじろりと睨むが、
「このベルトの長さなら、こいつにぴったりじゃねーか…てめーが使うなら、調整してやるぞ?」
リボーンの一瞥を鼻で笑い飛ばした男は、僅かに腰を屈めてランボの顔を覗き込んだ。
「こいつの中には、宇宙があるんだ…判るか?」
突然投げつけられた謎かけのような言葉に、ランボはきょとんと目を丸くして首を大きく振った。
「地球の自転と公転で、朝日が昇り日が沈み季節が変わってまた同じ季節がやってくる…宇宙の営みがこいつの中で再現されているんだ」
こんなちっぽけな奴なのにな、と目元を緩めてランボの掌に視線を落とすと、男は再び顔を上げてにやりと笑いかけた。
「調子が悪くなったらいつでも持ってこいや…オレが生きてる限りはきっちりメンテしてやるからな」
そう言ってソファに座ったままのリボーンの肩先に拳を当てると、会話らしい会話もないまま再びドアの向こうに消えた。

「あ、あの…リボーン」
「…なんだ」
「この時計、本当はリボーンのじゃないの?オレがもらって良いの?」
恐る恐る尋ねるランボを指先で招き寄せると、リボーンはソファに座ったままランボの腕を引き、片手で奪い取った時計の金具を外した。
「…貸してやるだけだ。てめーが遅刻しないようにな」
ぱちん、と小気味良い音を立てて未だ成長途中の細い手首に収まった腕時計は、新しい持ち主となったランボに僅かな重みと圧迫感を与えた。
「遅刻って、今日はリボーンが待たせたじゃないかっ!」
「うるせー。そいつは自動巻きだから時間がズレやすいからな。ちゃんとメンテしろよ」
「自動巻き?…そう言えば、電池が入ってなかったなあ。どうやって動いてんの?」
腕にはめたまま角度を変えて眺めつつ、最初に見た裏蓋の中身を思い出した。部品がはっきりと見えていたのは、電池が入っていなかったからだ。
「腕の動きで自動的にネジを巻き上げるようになってるんだ。毎日最低十時間はつけてねーと、巻き上げが足りなくて止まるぞ」
「ええっ!?…なんかめんどくさいなあ」
「…文句があるなら返しやがれ」
「やだよーっだ!」
面倒だと言いつつも、内心わくわくしていた…構ってあげないと死んじゃうなんて、かわいいじゃないか。きっとリボーンにもこの時計がぴったりな時期があって、文句言いながらも毎日着けてメンテナンスしていたんだろう。
昼下がりの日差しが僅かに差し込む窓辺に歩み寄り、時計を翳してみる。静かに刻まれる秒針が進む音は、地球が回り、確実に時が進んでいる証拠だった。
――オレだって、すぐに大きくなるんだもんね!
ベルトがきつくなったらリボーンに内緒でここに来よう、と密かな野望を胸に、ランボは手首に絡まったベルトに誓いのキスを落とした。






うしさんはぴば!…のつもりが、大幅に遅れました!色々とすみませんっ!/わんこ






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