旅行先



ジワジワと焦らしながら盛り上げるように、バスドラムが刻むエイトビートに乗せてキーメロディが一音ずつ高音に向かうと思いきや一音下がる、そしてまた一音ずつ上がっていき、一音下がる。煽るような早口のDJのライムにコーラスが重なって、周りで踊る男女がそれに合わせる。ミラーボールに反射したライトは縦横無尽にハコの中を走り、興奮する瞳の裏にその残像を残す。bmpを上げていくベースに歓声が上がり、拍手が重なってはち切れんばかりに場の空気が盛り上がった時、ステージの薄い緞帳が落ちた。ステージ後方から強い白い光が客席に向かって放たれ、ステージ中央にいるはずのシンガーの姿を溶かす。緞帳が下りると同時に目を閉じた男が一人。音の洪水をたたきつけられ、それに呼応するように客のボルテージが爆発した。ミュージシャンにとっては最高の瞬間。彼女は伝説になった。

カチと掌に納まるほど華奢なライターで細身のシガレットに火を付ける。リボーンに似合うそのライターは愛人の一人からのプレゼント。彼女は今、アマゾンの奥地で未知の病原菌と格闘している。マットな黒の石をはめたタイピンは別の愛人から。彼女は先日、仲間を庇って殉職した。ふぅと煙草を吐く姿も様になっていて、まさか彼がティーンエイジャー前半だとは誰も思わないだろう。おもむろに広げた全国紙には、昨夜夭折したシンガーの記事が一番大きく扱われていた。彼女に引導を渡したのは一発の銃弾。まっすぐに彼女の喉を貫通していたという。キオスクに並ぶ低俗な大衆紙の折れた内側には疵一つなく微笑むデスマスクがあるのをリボーンは知っていた。そのリボーンの肩に青い鸚哥が舞い降りた。南国の島を思わせる派手な羽をたたみ、リボーンの耳元に一言、二言。
「ありがとう」
白い手袋の指先で鸚哥の喉をくすぐると、彼は力強くリボーンの肩を蹴った。
「今のなに?」
リボーンの向かいの椅子を引いて、座るランボは青い鸚哥が飛び去った方向を見ていた。
「知り合いの鸚哥だった」
「あ、そか。鳥とも話せるんだっけ?」
「他の愛人と一緒にいるのを見たくないんだと」
「鳥が!?どっちみちオレ違うのに」
太陽のように明るく笑うランボに、そうだな、とリボーンは返して新聞に目を戻した。そこにも、太陽のような、と称されたミュージシャンの笑顔が引き伸ばされていた。
『ステージの上で最期を迎えたいの。あなたにそれを断る権利はないでしょ?リボーン』
昨夜もそう言って笑って、彼にキスをした。愛人の願いを断ることがないことは、自分の命の長さを知っている彼女にはお見通しだったようだ。
『もう歌えないのよ。でも、それを誰かに知られるのもいや』
リボーンの腕に抱かれながら、彼女はかすれた声で話し続ける。
『死ぬのは全然怖くないの。置いていくものがないから。憎々しい病いなんてものじゃなくて、愛しいあなたの銃弾で死ねるなんて、それもステージの上だなんてこんな最高なことはないわ。最期の瞬間まで見ていてね』
誓いのように彼女の手の甲にリボーンはくちづけを落とした。
昨夜のことなのに遠い過去のような回想を邪魔するのはいつもの如くランボだった。
「今日ってなんか用事あったっけ?」
「いや。ここでの用事は済んだ。行きてぇとこはないのか?」
「リボーンが行きたいとこでいいよ。だってこの旅行はリボーンの奢りだし」
「死ぬまでに一度はオレを旅行に連れて行けよ」
新聞を折りたたみながらチップをプラスしたユーロをその上に置いて、シュガーポットを重しにした。
「バカにしてるだろ。一回ぐらいは行けるぞ」
リボーンの軽口にまじめに返すランボに、面を寄越せと指で招くとその顎を掴んでテーブル越しのキスをした。目を丸くするランボに構わず、深く唇を重ねる。舌でからかうようにノックすることもねっとりとそれを絡めることもしないただのキス。最初は周囲を気にして慌てるランボも、目を閉じるリボーンに誘われるように暴れるのを止めた。路上に広がるカフェのテーブルでの熱烈なキスに通りすがりのカップルから口笛でもてはやされる。
「旅行代まけてやる」
公衆の面前で何をやるんだ、この男は!と口元と赤い顔を隠せないランボにリボーンは言い放った。
「あんたがオレを拉致ったくせに」
「抵抗しなかった野郎が何を言う」
「レオンで縛って連れてきたくせに」
「口だけは達者だな。達者なのはあっちだけかと思ってたぜ」
「あっちってなんだよ」
「お客様、他のお客様方のご迷惑になりますので」
立ち上がりながら(他人から見たら)罵り合う二人にギャルソンが飛んでくる。帰り支度をしているつもりだったランボはきょとんとしていると、ギャルソンが小声で囁いた。
「DVでしたら我々(フランス)の警察も相談に乗りますから」
「DV?あ、いえ、そうじゃなくて、ただのじゃれ合いと言いますか、そんなんじゃないですから。ちょっとリボーン!」
わかっててやってたなこのヤロと、とうに歩き出したリボーンを慌てて追いかける。リボーンは空を見上げるために立ち止まった。彼女の笑顔を思い出す青空だった。新緑は力強く風になびき、新しい季節の訪れを知らせる。やがて追いついたランボが文句を並べるがまるで耳に入らなかった。わずかばかり見上げると、新緑を写して色濃くなるペリドットの眸が自分をも映していた。
「なんだよ?」
無言で笑うリボーンにランボは条件反射で噛みついて、また自分を残して歩き出すリボーンの横に並んだ。虚勢を張るランボは牛ならぬ子犬を連想させた。
ランボといると悩んでいるのがばからしくなる。根本的な解決には全くならないけれども、歩きだすことを促すランボは少なくとも自分に必要な存在だったのだとリボーンは、この旅にランボを連れてきた自分の直感に納得すると共に、これから今日は何をしようかと考え始めた。そして、珍しく昨日までの自分だったら絶対口にしないであろう言葉を吐いた。
「おまえ、オレの愛人になれ」
ランボ以上にリボーン自信が一番驚いた。こんな軽率なことをしてしまうのは、ランボの陽気な性質に引っ張られたせいだと、そう思うことにした。






旅行先 from 「空を見上げる場所での10のお題」

珍しくリボーン先生側からのリボラン。モデルは特にいないのですが、リボーン先生の愛人がいろんな種類の堅気にまで及んでいたらかっこいいなぁ、と。そしてランボののーてんきさをどう絡めるかをちょっとだけ考えました。しかし10代前半でこの男前はどうよ?リボーン先生だから仕方ないですね!
蛇足ですがこのお題で4本ぐらい書いてどれもしっくり来なかったのでした。簡単なようで意外と難しかった「旅行先」でした。お蔵にした話も何れ書き上げたいです。 だい。






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