駐車場



 ドン・ボヴィーノに同行してボンゴレを訪れたランボは、普段のボンゴレの態勢とは全く違うことにボスへの憧憬を深めた。また、ドン・ボンゴレとして話す綱吉も見たことがないほど堂々としていていつもの「ランボ、チョコ食べる?」となにかと甘やかしてくれる横顔とは全然違った。そんな二人に同席できて、自分が大人になったような気すらしていた。話の内容はあまり見当がつかないけれど、と、ランボがぼんやりしていたら不意にボスがランボへと向いた。
「車を…あぁすまないランボ。悪いがマンツォに表に車を回すように伝えておいてくれないか」
「はい」
 マンツォの携帯番号を知らなかったランボは直接駐車場へと向かうことにした。
ーーそっか、話が終わりそうになったら時間のロスが無いように車を用意させておくんだな。オレが運転できたら頃合いを見計らってボスを乗せてどこへでも行くのに。
 ちょっとだけふがいなさを感じてランボは勝手知ったるボンゴレの屋敷を出て、駐車場へと回った。空は夕刻でもないのに薄暗く、曇りだしていた。整備された生け垣の中を歩いていくと、駐車場の入り口に珍しい人影を見つけた。
 ボンゴレ霧の守護者、六道骸その人だった。ランボは無意識に足を止めた。向こうは既にランボに気付いている筈なのに、携帯電話で誰かと話し中からなのかランボへちらりとも視線を寄越さない。同じボンゴレリングの守護者同士なのにまるで接点が無かった上に、ランボは本能的にこの男に気味の悪さを持っていて、なるべく遠くに遠くに身を置いていた。痛い目にあってもまだ雲の守護者の方が人間味があってマシだった。一度止めてしまった足を再び動かすのに理由がみつからず、逡巡した結果、やっと動かした両手両足は左右同じ側が動くというていたらくだった。緊張が緊張を呼んで、骸の横を通る時はなぜだか心臓の脈拍が聞こえるような気までした。
「ごきげんよう、雷の守護者」
 台詞めいた言い回しにランボは応える術を知らなかった。ぱちん、と携帯を閉じる音がやけに鮮明に聞こえる。
「冗談ですよ。ドン・ボヴィーノの車を動かすように、言われてきたんですね」
「なっんで?見たの!?」
「失礼な。趣味が覗き見だと思わないでください。ドン・ボヴィーノとおふたりで来ていて、あなただけが駐車場へ歩いてくるならそれしか理由はないでしょう」
 これが綱吉なら『わざわざ威嚇するようなことを言うなよ』と返すだろうが、あいにくランボはこういうことには不慣れだった。緊張の上に更に言い当てられて頭が真っ白になった。これが馴れた山本や獄寺だったら素直に敬服するのに、相手が骸というだけでどんな言葉も見つけられなかった。
「あなたは潰す必要をまるで感じない。マフィアだと言うのに」
「マフィアだよ!」
「証拠はなんですか?あなたがマフィアだという」
 頭一つぐらい高い、憎らしいぐらい涼しげな顔をした骸に返す言葉は無かった。物心ついたときからマフィアだった。いつでもリボーンを殺すことを目標に生きてきた。まだ経験は足りないけれど、このボンゴレの守護者に名前を並べている。
ーーでも。
 車一つ運転できないランボは自分がマフィアだと証明できる代物は何一つ無かった。改めて”何が”マフィアという証明になるんだろう、と反対に考えてしまった。自分にしかないものは、電気に強いという特異体質なだけで、それがマフィアの証拠だと言うのは何かが足りないような気がした。たとえば、ツナだったらブラッド・オブ・ボンゴレ。たとえば獄寺だったら?山本だったら?ーーボスだったら、なんて答えるんだろう。
「次に逢うまでの宿題にしておきましょう」
 ランボの肩に置かれた手は取り立てて他人と違うような感じは受けなかった。けれども強ばった肌には突然でびくっと体を震わせる。
「僕はあなたをとりあえずは傷つけません。それがヒントです。それより、早く運転手に伝えないと綱吉との話は終わってしまいますよ」
 言われて初めて自分がここにいる目的を思い出す。命題はとりあえず横において、敬愛するボスの手伝いをしなければとランボは骸のことを忘れたように走り出した。走るランボの頬に、シャツに、一粒また一粒と雨粒が染みていった。ランボに気付いたマンツォは読んでいた新聞を畳み、ロックを解除してランボをすぐに車内へと迎え入れた。
「玄関に回してくれって」
 Siという返事と共にタオルを投げ込まれる。
「用意いいんだな」
「天気予報ぐらい朝見るだろ?」
 広い駐車場を黒のベンツが徐行で横切っていく。
 タオルで頭を拭きながらランボは自分が何も知らないということに思い当たった。毎日が楽しければそれでいい、そう思って過ごしていた。雑誌やウェブは見るけれど、ニュースや新聞にはまともに目を通さない。それでも生活ができていた。おまけにマフィアの誰もが憧れのボンゴレの守護者。ボヴィーノでも羨望のまなざしを受けている。綱吉が言うところによると二十四歳の自分は相当デキるらしい。漠然とそれになれると思っていた。
 でも本当にそんな男になれるの?自分のマフィアの証さえ知らないというのに?
「振り出したな」
「そうだね」
 生返事をしながら、ガラスを叩く強い雨に魅入られる。今の自分はこの雨の中で立ちつくしているようだ。周りが何も見えていない。マンツォみたいに雨の中でも行くべきところ、するべきことを判っている人もいる。自分は綱吉達のそばにいながらもボヴィーノのランボでいることを迷わなかった。なのに、そのボヴィーノでもどうしてそこにいるのか、自分の存在価値さえ全く考えてこなかった。ただボスの好意以外の何者でもなかったら?だったら、自分はどうすればいい?
 ランボは、生まれて初めて自分に相対的に向き合った。
 でも、どうやったら解けるのかその方法すら見つけられなかった。






駐車場 from 「空を見上げる場所での10のお題」

お題のもう一つのお題が守護者全員と絡めよう!というのがありましたが、改めて骸とって全く接点が無いな、と。だったら骸のもう一つの「マフィア憎し」の部分をクローズアップしようとしたら、今度はランボにマフィアの部分が全く無く。ということで出来たお話でした。これは「あなたの隣」に続きます。てか、むっくはボンゴレの駐車場傍で何をやっていたんだろうね?(知らんがな)。 だい。






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