あなたの隣



「ボンゴレ、ごめんなさい。お忙しいのに」
「気にすんなよ。シャマルが睡眠不足だってさ」
ひっくり返ったランボのまぶたを捲ってそう診断を下したシャマルはとりあえず寝かせとけ、とだけ言って危機管理室所属のナースに声をかけ始めた。ボンゴレ総本部内、雷の守護者の部屋で寝かされたランボの元にドン・ボンゴレこと綱吉が仕事の合間を縫ってかけつけた。その日の午前中、集合できるだけの守護者が顔をそろえた。その中でランボは倒れたのだった。倒れた、というかぐっすり寝始めたというか。どちらにせよ、揺すっても起きない上に四十度近い熱を出しては倒れたと言っても言い過ぎじゃないだろう。
「熱が下がるまではベッドから出るなよ」
「ボスには…」
「ドン・ボヴィーノも心配してたよ。だから早く治しなね」
子供にするように頭をぽんぽんと撫でられランボは目を閉じた。薬が効いたのか吸い込まれるように眠り、次に綱吉が様子を見に来た時は規則正しい寝息を立てていた。

「悪いんだけどさ、暇な時についててくれる?山本があいにく出張中なんだ」
「……わかった」
不承不承で承諾するリボーンを綱吉は片手で拝んで、焦れる獄寺にも謝りつつ外出した。
ランボがいるというのに静けさに溢れていた。幼少の頃、風邪や熱発で寝込んでもぎゃーぎゃー煩かったのに、時折身じろぐ以外は実に静かに寝ている。額の氷嚢はすっかり氷が溶けていたので、中身を入れ替える。固い氷が擦れて立てるストイックな音は、夏を連想させる。夏、氷、かき氷。並盛の夏に思いをはせるとママンが昼下がりに作ってくれたかき氷の思い出がくっついてくる。食べ始めはランボもイーピンも静かだが途中で飽きて、交換するの、もっと蜜をかけるだの騒いだ挙げ句辺りに零すのが日常だった。
ランボの頬に手を置いた。見た目通り柔らかい感触を楽しんでいたらランボがふと、目を覚ました。
「…ボーン?」
「使わねぇ頭でも使ったか?」
ランボは揶揄され、リボーンを拒むように目を閉じた。それでも、リボーンの冷たい手が気持ちよくて掌から顔を離すことはしなかった。
「何に焦ってる?」
図星を指されたのかランボは目を開けた。まっすぐにリボーンを見る。
「…リボーンはなんでマフィアになったの?」
「……忘れた。ーー遠い昔のことだ」
あからさまにランボは諦めの色を眸に乗せるからリボーンは言葉を継いだ。
「なんで、今もマフィアなの?」
リボーンはベッドに腰掛けて、ランボから手を離す。リボーンに対して自然とつくられる壁が熱で蒸発したのか、感情が露わになっているランボはその手が離れて惜しそうにする。 空調の音だけが静寂を埋めていく。防音効果の高いボン
ゴレ総本部では廊下の音が聞こえたりはしない。
「なんでだろうな。ボンゴレがあるからかな?他の人生を知らないからかもしれない」
「オレは自分がなんでマフィアなのか、考えてもわからないんだ。生まれた時からそうだったんだ」
「それでいいじゃねぇか」
「それじゃだめなんだ。オレがオレの証明をしないと、だめなんだ」
熱で呼吸が苦しいのかぜいぜいと喘ぎが止まらなくなり、呼吸がランボの意志を離れてスピードを上げていく。コントロールが効かなくなった体をランボは胸をかきむしることで抵抗しようとする。
「アホ牛、落ち着け」
リボーンは紙袋の代わりになるものは無いかと周囲を見回すが普段使われていない部屋に余計な物は何もなかった。ランボを起こして喘ぐ口に自らの口を重ねる。ランボの吐く二酸化炭素をリボーンがそのまま返していくと、次第にランボの呼吸は安定していった。リボーンの胸の中でぐったりと体を預けるランボが何かを話そうとするが、うまく言葉が出ないようだった。指をまとめて握りながら抱く腕に力を入れる。ランボの体温は熱で上昇しているのに、冷たいはずのリボーンの肌が温かかった。
「過呼吸で神経が緊張している。無理に話さなくていい」
症状を説明されてランボは安心してリボーンに体を預けた。呼吸が通常に戻った後もしばらく四肢の痺れは取れないので、リボーンは冷たいランボの両手を握り続ける。
「…ありが、と。もうだい、じょうぶ」
一気に体力を消耗したランボは崩れるようにベッドに戻った。それでもリボーンの手だけは離さなかった。
「自分を過信するな。どう背伸びしても、それ以上の答えはみつからないようになってんだ」
何で悩んでいるのかわからないが、体に出るほどせっぱつまるような状況はランボには無い筈だった。ボンゴレでもボヴィーノでも大袈裟に言えば、蝶よ花よと育てられ、今でも責任あることを任されていない。ドン・ボヴィーノもまずい状況だと頭ではわかっていても、初孫に似たランボにはたいそう甘く、マフィアらしいことをさせたくない意向だったし、ほぼ保育係だった綱吉も関係上以下同文。
「下手の考え、休むに似たり。自分である程度考えて何もみつからなかったら周りに聞け。誰もおまえを拒む者はいねぇぞ」
「……リボーンもそうだったの?」
「……最初はみんな赤ん坊からスタートだ」
「オレはいつかボンゴレの隣に立てるようになる?」
「一応、雷のリングの守護者だからな」
いちおうって、あんた、とランボはやっと笑った。でも、ランボ自身が「一応」という言葉の意味を重々知っていた。

『証拠はなんですか?あなたがマフィアだという』

今は雷のリングの守護者とファミリーのみんなが好きだということしかマフィアの証明にはならない。それを骸に言ったところでなんになろう。ランボは骸がマフィアを憎んでいることを知らない。例え知ったとしても理解はできないかもしれない。リボーンもランボもそして骸も生まれた時からマフィアだった。リボーンの過去はわからないけれども、女性に優しく生徒には厳しく、そして自分のファミリーを守り通す力を持ったリボーンとそして骸こそがマフィアを体現しているのかもしれない。ランボに欠けているのは自分の状況を理解して自分にしかできないことを探すという意志だった。一方的に甘えるのではなく、何かを誰かに与えること、体を張って誰かを守ること。力が伴わないなら努力すること。誰かのために。例えそれが誰にも理解されない自己犠牲にしかならなくても、それはマフィアの、男の美学の一つだ。血の絆と同等なぐらい信用すること、されること。その揺るぎない強さを、遠くない未来、子供の殻を割りかけたランボも手に入れることだろう。


生まれ変わるには痛みが必ず伴う。
骸に投げかけられた言葉は、ランボの少年時代の幕を引いていた。


「もう一つ聞いていい?」
促すように腕の中の頬を撫でると緑の眸が少し色を濃くした。
「あんたは何のために生きているの?」
「そうだな。とりあえずは、大人になりかけでも知恵熱を出しているこどもの世話をやくためにだな」
「いつか、あんたの隣にも立てるようになってやる」
嘆息しながら甘えるランボの目を閉じさせるように手で覆う。
「扉はいつでも開いているぞ」
ランボは僅かに首を傾げて、言葉の真意に思いついたのか軽く頷いた。

そう、人生という名の扉はいつでも目の前にある。それに気付くか気付かないか、開けるか開けないかを決めるのは自分しかいない。
扉の向こうで空がどんな表情をしていても、どう受け取るかも自分次第。誰かを守るためなら雷鳴の中だって走ってゆける。
それが例え、焦げるような晴の日でも雨の夜でも嵐の中でも前が見えないほどの霧の日でも雲が走る強風の日でも、そして澄み渡る大空の日でも。結局、どう受け止めるかは自分次第なのだ。

bon voyage lambo!!






あなたの隣 from 「空を見上げる場所での10のお題」

「駐車場」の後日談的なお話。成長話はちょっとくさいけど、好きだと言ってくれてありがとうあきたん。あきたんと主任にはバレたと思いますが、最後のパートの扉云々はパームシリーズの「Standard day time」のエンディングから……です。 だい。






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