あさごはん



「いってえ…」
リビングのソファに体を投げ出し、左手をだらりと垂らしたまま山本は呟いたが、クッションに顔を埋めているから、くぐもった声しか出なかった。
「なあ、フレンチトースト食いたい。バニラアイスあったよな……朝から何伸びてんだ?」
シャワーを浴びて目が覚めたのか、起き抜けの割には機嫌良さそうに遅めの朝食をオーダーする獄寺の声が頭上で止まった。
朝から、んな甘い物よく食えるな…なんてこっちに来て間もない頃は些かうんざりしていたものの、甘いパンにエスプレッソというイタリアの朝食定番メニューにもすっかり慣れていたから、久し振りの2人揃っての休日、獄寺のリクエストに答える事さえささやかな楽しみ…の筈だったのだが。
「…フライパンで火傷した」
「はあ?ばっかだなー。寝ぼけてんじゃねえよ」
顔を伏せたまま、耳元で聞こえる声を頼りに傍らにしゃがみこんだらしい獄寺に手を伸ばしたが、
「痛い痛いっ!マジで痛いからっ!」
「うるせー。さっさと朝メシ作りやがれ」
手の甲を摘まれて引き剥がされた左手が、再び床に落ちた。先刻までの掌の痛みに加えて、手の甲までひりひりと痛む…ちくしょー、思いっきりつねってくれたな。
「獄寺、冷たい…」
昨日の夜はあーんなにかわいかったのになあ、なんてうつ伏せたままぼそぼそと呟いた声を耳聡く拾ったのか、後頭部に拳が落とされた。
「ざけんな!こっちは腹減ってんだよっ!」
誰かさんのおかげでな!と続く言葉が途中で不明瞭になり、悔し紛れに唸るような声に変わった。その顔を見なくても獄寺が耳まで赤くして仏頂面で睨みつけている事ぐらい判るから、もう降参するしかなかった。
(フレンチトーストなら、片手でも作れるか…)
「…しょーがねえ。ふつーのトーストなら作ってやるよ」
起き上がろうと無事な右手に力を入れた時、嘆息交じりに呟かれた予想外の台詞に動きが止まった。立ち上がる気配に慌てて腕を伸ばすと、痛みも忘れて指先に触れた獄寺のシャツの裾を引っ張った。
「いてて…あー、やっぱオレが作る」
「何やってんだよ…オレが作ったもんは食えねーのかよ」
顔を横に傾けて、引き寄せられるまま再び腰を下ろした獄寺を見上げると、拗ねた顔を誤魔化すように睨み付けてくるから、左手を伸ばして手の甲を擦り付けるように頬を撫でた。
「獄寺が自分でメシ作れるようになったら、オレのする事がなくなる」
「はあ?何だよ、ソレ。餌付けでもしてるつもりかよ」
「ちげーよ。オレが料理したいだけだって」
手を焼きたいのだと口にすれば力いっぱい拒まれるから、こちらの我を通すように告げるしかないのだけど。
「…だったら勝手にしろよ、ばーか」
甘やかされている事を素直に認めるのにまだ抵抗があるのか、気づかない素振りで甘受する獄寺の口調は乱暴でも、赤く腫れ上がった掌を庇うように慎重に両手で包み込む手付きは優しい…甘やかしてるつもりで甘やかされているのはこっちの方かもしれない。
「大人しくしてさっさと治さねーと、刀持てねーぞ」
「右手だけでも何とかなるって」
意固地になったように言い返すと、片頬を歪めて獄寺が笑った。
「しょーがねーな。そん時はオレが守ってやるよ」
10代目のついでにな、と言い放つ台詞と共に指先に落とされたキスに、「え?これって怪我の功名ってヤツ?」などと的外れな事を思いつつ、緩む口元を隠しもせずに獄寺を見上げた。
「…んだよ」
「今のでちょっと楽になった…獄寺が舐めてくれたら治るかも」
一瞬ぴくりと眉根を歪めた獄寺に「調子に乗るな!」と殴られるかと思ったが、
「へえ……別にいーぜ」
にやりと笑って素直に応じた獄寺は見せつけるように唇をひと舐めすると、ささやかな幸せに浸る山本の赤く腫れ上がった掌に思い切り噛み付いた。






ヘタレ山本がデフォルトですみません…(涙)/わんこ






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