つまみ食いだか、本気なんだか



かなり控えめの量とはいえ、一気にフルコースを平らげた。伴ってシチリア島産のワインも数本空けていたが、二人ともアルコール反応はどこにも出ていなかった。
「やっと落ち着いたなー。やっぱ朝はきちんと食べないと始まらないよな」
「ですよね。就任式どころじゃないっすよ。昨日まではたらふく食べられたんですけどね」
「ここで食べた方が楽しかったしさ。あっちと違ってかわいい子だらけじゃん。向こうは誰も笑わなかっただろ?」
「そうでしたっけ?」
メインダイニングは格式が高いサービスをする為、無駄な笑顔を見たことがなかった。返って、可愛い笑顔溢れるメイドに囲まれて追加の朝食をとることができたコロネロは上機嫌だった。
コロネロが笑顔を向けるとメイドが近寄る。
「Due cappuccino, per favore」
そんなコロネロの気持ちが移ったのか、はたまた仕事以外にも詳しい師匠とおいしいご飯に囲まれたからか、了平はここに来て初めて心から安らいだ。片肘をつき、険しい表情をすっかり和らげ、コロネロの言葉にうなずき、大声で笑い、すねた。
天井までのはめ込み窓から、高く昇った太陽の光が二人に降り注ぐ。コロネロの肩に流れるような金髪も眼鏡の優美なラインも了平の傷のある顔もすべてが魅力的に輝く。オーダーメイドのスーツが体の線に沿い、充実した体躯を控えめにアピールしている。普段から一流のマフィアに囲まれているメイドたちでさえ、二人の堂々とした着こなしにうっとりと見惚れた。
コロネロが頼んだカプチーノと、宝石のようにカラフルなドルチェが運ばれてくる。
「山梨の桃とヴァニラジェラート、マルサラ風味のザバイオーネ、若干スパイスが効いている。ティラミス、ミルフィーユ、バラのジャムのタルト、カッサータ、カンノリ、全部イタリアの甘いもんだ」
ボクサーにしては、食事制限をしている様子もなく了平はためらうことなく次々と味わってゆく。
「うんめー!」
「おまえ彼女は?」
「いやもう全然ッス。そういう余裕はまだないッス」
「おまえはシスコンかっつーの、コラ。ボクサー以外の人生もみつけとけよ。潰し効かねーぞ」
と、軍人一直線のコロネロが言う。
「師匠がそれ言いますか?」
「だから言うんだよ、コラ。で、トレーナーとか知ってんのか?おまえがボンゴレだって」
「いや、言ってないです。このリングもここに置いてもらってますし」
「そっか……」
コロネロは少し何かを考え、重々しく口を開いた。
「今日ツナが十代目に就任するのは理解(わか)し(っ)てるよな?」
雰囲気の変わった師匠に、了平は姿勢を正す。眼鏡をかけているからか、教師の前にいる気分になる。
「今、お前は二つのものを持っている。晴のリングとタイトルベルトだ。そして、優先順位は常にこのリングが先になる。--例えば、重要なタイトルマッチの直前にボスの召集がかかればお前はここに来なければならない義務を負っている。それは理解しているのか?コラ」
了平はそこまで考えていなかったと、右の拳のリングを眺める。
これまで戦うことに疑問を持ったことがなかった。天を求めるバベルの人々のように、太陽を求めたイカロスのように、ただひたすらにコロネロについて強さを求めてきただけだった。それは、ボクサーになるという夢をかなえる過程であり、手にするための手段にしか過ぎなかった。リングの守護者になった経緯も「強くなる」という流れの上にあっただけだ。
それが、その流れを逆流させてしまうなんて、正直考えつきもしなかった。
「つまり諸刃の剣ってことだ。何もない時はボクサーとしての道を歩みつつ、ボンゴレはお前の家族の生活を保障する。しかし、マフィアはマフィアだ。白だろうが、黒だろうが、関係者だということが判明したら、追放されることを覚えておけ。特にお前の国、日本はそういう面は強い。--それでも、お前はボンゴレを捨てられない。死ぬときまで、守護者なんだ」
そう言いながらも、「ボンゴレ」が了平の進む道を邪魔するような事態になれば、ツナはためらうことなく了平を切り離すだろうと考えていた。例え、リングの守護者が全員揃わないことがどれだけ危険なことかを知ったとしても、ツナは了平を太陽が照らす道から外させることはないだろう。 だからこそ、了平にも事の成り行きをきちんと理解していて欲しかった。
拳を見つめ続けていた了平が顔を上げる。
「師匠…それでもオレはこの拳で世界をめざしたいッス。ボンゴレとかマフィアとかは関係なく、正真正銘この体一つだけで、二本の足だけで闘って世界に勝ちたいッス。
…勿論、沢田に何かあればすぐに駆けつけます。ファミリーとか関係なくオレは沢田が好きだし、なにより京子の大切な友達だから」
あくまでもまっすぐな了平を、コロネロは眩しそうに眺めた。
自分がこんな不器用だった時代はもう遥か、はるかに昔の事だ。
数え切れないほど転生しても正気でいられるのは、こんな、昔の自分に似ている人間に必ず出会うからかもしれない。
だからこそ自分は今でも狂わずに人生を謳歌できるのかもしれない。
今の了平は、はた迷惑なほど熱かった頃の熱量はそのままに、内側から強烈に発熱している。まさに晴のリングの持ち主にふさわしい輝きと熱さだった。
コロネロは片手を伸ばして、了平の短い髪をぐしゃぐしゃとかきまぜる。
「お前はお前が信じるように進めばいい。オレの大事な弟子なんだから、外野の雑音に負けることはないさ」
「師匠、痛いっすよ」
自分はそこまで賢くないし、ほかの事を考える余裕があったらボクシングのことだけを考えていた。アメリカに渡ったのも、もっとシンプルな強いボクシングを求めてだ。リングの上では一人なのだから人に頼ることもなかった。でも、家族以外で、自分のことをここまで考えてくれる人がいるという暖かさを久しぶりに感じた。
「なぁ了平。さっきも言ったけど、ボクシング以外にも楽しいことはいっぱいあるって考えたことないのか?コラ」
「ボクシング以外に?ないっすね」
「ホントに好きな女とかいねーの?ここのかわいいメイドもよりどりみどりだぞ」
そんなことは絶対に、ない。
「女より今はボクシングっす!」
「ここんとこずっとリボーンが悩んでいたぜ。お前の就任祝いを何にすっかって。お前に欠けているもの、必要なものが全然思いつかないって、マジ悩んでいたぜ。あんなヤツの姿は長い付き合いの中で初めて見たぜコラ」
意地の悪い笑みをたたえ、残っているカプチーノを飲み干した。
「結局思いついたのはたった一つの言葉。イタリア語でChe cosa sara、日本語で、何があってもお前の思うようになるさ。お前にそう伝えてくれって。
これはすっげーことなんだぜ。オールマイティのリボーンが唯一お前についてはお手上げなんだもんな。やっぱりお前はすごいよ。さすがオレの弟子だよ」
了平は何がすごいかいまいちわからなかったけれど、師匠のコロネロが本当に楽しそうなので、合わせて笑った。
「一人での練習に飽きたらマフィアランドに来いよ。お前ならフリーパスだし、いつでも訓練つけてやるぞコラ」
「嬉しいっす!」
「そろそろ行こうか。うるさいのが来たら面倒だ」
「理解っているならさっさと集まれ。油を売っているのはてめーらだけだぞ」
気配がなくリボーンがキッチンの入り口にいた。黒い天使の姿に、メイドが倒れる音がした。
「さすが10代目。リボーン様がパシリだぜ」
「出禁にしやがるぞ。それと、了平の祝いはすでに渡し済みだ」
「了平、ちゃんとお礼を言えよ。」
コロネロはリボーンにえ?という顔をしつつ、了平の耳にイタリア語の単語を繰り返す。
了平は、ナプキンを受け取るメイドにそのまま伝えた。
「grazie la mia signora bella!」
コロネロは悪戯心から、了平の肩を押し、メイドの頬にキスをさせる。キャアと短い叫び声がメイドたちから上がる。可愛らしいメイドたちに笑顔をふりまいてコロネロは暴れる了平とリボーンの背中を抱いてキッチンを出る。ふと、テーブルに置きっぱなしになっていた了平の中折れ帽を取りに数歩戻り、改めて入り口で優雅に一礼した。

「了平!忘れ物」
真っ赤になっている了平の頭にぽんと帽子を載せる。
「師匠!なにすんっすか!!さっきの言葉って?」
「"ありがとう、僕の美しい人"って言わされんだぞ、了平」
リボーンの言葉に耳まで赤くなった。お、色恋沙汰いいんじゃないの!?とコロネロは了平をけしかける。了平は恥ずかしさのあまりコロネロにパンチを繰り出す。全部避けてコロネロは大声で笑った。
「Che cosa sara! 力を抜けよ、了平!」






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