幸せと踊る時



咲き誇る桜の枝の向こうには満月。


「う、わ!」
煙が消えると、うら若き巻き毛の青年がランチアを押し倒していた。
「…やれやれ、子供のオレがまた10年バズーカを撃ってしまったようですね。こんばんわ、若きランチアさん、お久しぶりです」
初めて遭遇する10年後のランボに、ランチアは珍しく声を失った。
「あ〜ヤル気はあるのに空回り率18782人中No.1の10年後ランボだ〜」
酔っ払っているフゥ太にきっぱりランキングされ、10年後とはまるで思えない伊達男に育ったランボの顔が歪んだ。泣きそうだ。とランチアは思い、ついその頬に両手を差し出した。
「泣くな」という言葉と「が・ま・ん…」という言葉が重なって、お互い目を合わせて笑った。
「ありがとうございます。ランチアさんは昔から優しいから。…イーピン久しぶり」
ランチアの上からどき、隣にあぐらをかいて、ウィンクをしながらイーピンを抱えた。イーピンは見慣れない大人ランボにじたばたする。
「10年後のランボ、なのか?」
「そうですよ。5分しかいられませんけどね。花見はいいですね、…リボーン?」
ランチアが気付かない間に、リボーンがランチアの腕の中に納まって鼻提灯をぷかぷかふくらませていた。
「いつのまに」
「リボーンだからね」
ランボはそおっと指を伸ばしてリボーンの頬をつまんだ。珍しく銃はつきつけられなかった。
ランボはその指をそのままランチアの髪に伸ばした。
「ついてますけど、このままにしておきましょう」
ランボの指先には桜の花びらが数枚ついていた。
「お酒、くださいな」
ランチアは傍らの杯を渡した。ランボはぐいっと煽った。
「ランボ殿、どうぞ」
バジルが一升瓶ごと持ってくる。
「わぁ、バジルさんありがとう。これお土産に持っていっていい?向こうでボスたちと花見中だったんだ」
「10年後も花見をしているんだな」
「ええ。オレはボンゴレじゃなくて、ボヴィーノですけどね」
「あ…」
「10年後は今の続きなので、いくらでも変わるらしいです。だからこれ以上は内緒です」
と、ウィンクするランボは陽気に饒舌だった。ただの赤ん坊がたった10年でこうも成長するとは。
「内緒です」と唇に寄せた指に雷のリングがはめられているのに気付いた。10年ごときでは変わらないリングに、確実に現実(いま)の続きだと知る。
「乾杯」
バジルに注いでもらった新しい杯とランチアに返した杯を合わせる。
「うまいな」
「うまいですね」
一際、強く風が吹いた。ランチアの腕の中で寝ているリボーンの小さなボルサリーノが風に舞った。体中に子供を乗せて動けないランチアより先んじて、ランボが宙でキャッチした。そこで白い煙に包まれる。
「ランチアさん、おいしいお酒ご馳走様でした」
ランボは一升瓶とボルサリーノと共に消えた。
代わりに現れた牛柄ランボは両手いっぱいにイタリアの菓子を抱えていた。どうやら、向こうの花見でたくさんお土産をもらってきたようだ。
「ガハハハッ。たくさんもらったもんねー!」
ランチアはランボをつまんで、まじまじとみつめる。
この赤ん坊が10年後はああなるとは、本当にこの世はおもしろい。
「良かったな。向こうの花見はどうだった?」
「んとねー、ボスたちもね、ランボさんたちみたいにお酒とかご飯を食べてたよ」
「元気そうで良かったな」
ランボの頭に桜とは違う白い花びらが数枚まぎれこんでいた。きっと、10年後ランボも向こうに桜の花びらを持って帰ったに違いない。
白いその花びらの甘い匂いを嗅ぎ、ランチアは笑みをこぼした。


咲き誇る桜の枝の向こうには満月。
風に舞い散る桜の花びら。


心地よい仲間と子供たちの声がする、安らかな夜。
もう頭の中には誰の声も響いてこない。
全く、ボンゴレたちといると、逢うまでの地獄がはるか昔のように思える。
桜の下には、国籍も年齢も性別も超えた人間たちが思い思いに酒を、言葉を交わしている。
暴力から一番遠い風景。
―あのファミリーでこういう時間が欲しかった。
つかの間、かつての仲間たちの笑顔が脳裏を通り過ぎる。
「おれっちを離せー」
掴んだままのランボが騒ぎ始めたので思考は中断した。
背後では大人たちが後片付けを始めていた。寿司の道具を背中にまとめた山本父が息子と獄寺を引きずり始めている。酔いつぶれたディーノを部下のロマーリオが肩にかついでいる。頬を真っ赤に染めた京子の腕にはおねんねしたコロネロが納まっているし、ハルは酔いつぶれたツナを必死に起こしているし、元気よく寝言を叫ぶ了平を奈々が笑いながら起こしている。ランチアもリボーン、フゥ太、イーピン、ランボを両手に抱いて立ち上がった。子供たちは抱かれる感触が気持ちよいらしくしがみついている。涙が出そうな重さ。
「持つものがあったら手伝うぞ」
声をかけると「リボーンは私が」とビアンキが走り寄ってきた。大切なものを抱えるようにリボーンを受け取ると至福の表情をみせる。
「ボルサリーノは?」
「風で10年後まで飛んでいった」
詩人ね、ビアンキは風に髪の毛をなびかせて笑った。
「骸たちといたときと全然違う顔をしているわ。愛を取り戻したのね」
「愛?」
「もしくは幸福。いい顔をしているわ。堪能なさい」
高慢に言いきるビアンキに桜の花のような色香を感じて、もうしばらく女を抱いていないことを思い出した。愛だの恋だの、縁を切っていた。
たくさんのものを失った。けれど、新しいものをみつけられたと思った。
自分を呼ぶ声が骸だったとしても、幸せのかたちを守られるならそれはそれでいいことなのでは、と思いたい。
そして10年後、あのランボと落ち着いて酒を酌み返せたら…。
そう思ってランチアは笑った。


未来のことを考えるなんて、なんて、すばらしいことなんだろう。


空には満月。
舞い散る桜の花びら。
桜の下には、しあわせが踊った残り香。


そして、未来への希望。






2007年 お花見
大好きなランボさんサイトでの「ランチアとランボの場合のカプ名は?」という話から (笑)/だい。






MENU