10年越しの約束



運ばれたのは10年前のボヴィーノ屋敷だった。同じ真夜中なのでひとけは、ない。5分待てば戻る。あのリボーンがし損じることはない。そう考えて胸の鼓動を抑える。
「おい」
誰もいないと思っていた廊下で、後ろから急に声をかけられた弾みで振り返りながら十年バズーカを撃ってしまった。白い煙に瞬時に包まれて対象の人が誰だったかわからない。おっちょこちょいなのは生来のもののようで、やがて煙から現れた人物にとりあえず謝ろうと、煙が晴れるのを待った。
「な、んで!?」
十年後に置いてきたはずのリボーンと狼だった。
「ちっ、ついてきやがった!」
リボーンは、狼にのし掛かられ今にも首筋を噛み切られそうだった。狼の腹に向けてリボーンが手にしたバズーカを撃つと、再度白い煙を吐き出してリボーンと狼の姿を隠した。
ランボは思い当たる。自分が持つのが現在と未来を交換するものだったら、リボーンが持つバズーカは!?
煙が晴れるとそこには半分予想していた赤ん坊姿のリボーンがいた。
「ウゼ、いきなりアホ牛かよ」
「リボーン!リボーン!リボーン!!」
悪態をつかれようと久しぶりに逢った赤ん坊姿のリボーンが愛しくてランボは両手で抱きしめた。
「ここはいつでどこだ?」
「リボーンの時代から10年後で、ボヴィーノの本部」
「でも、おまえは俺の時代のランボより20年後じゃねぇの?」
「ややこしいことになっている」
「十年バズーカを乱用し過ぎだ」
ランボはリボーンの厭味にも全く反応せずぎゅーぎゅーと抱きしめた。
「で、何があった?」なんで10年後に20代のおまえがいる?」
小さな手がペチペチと頬を叩く。その懐かしい感触に自分まで20年分戻った気がするほどだ。
「それがオレもなにがなにやら」
「20年たっても変わったのはナリだけか。オツムは弱いままか?ん?」
赤ん坊のリボーンに抵抗する気が起きないのは刷り込みか、姿のせいなのか。リボーンもランボの三つ編みが気にいったのかしきりに触っていた。ランボも赤ん坊の感触を楽しんでいたが、白い煙に包まれてしまった。僅かだが早くこちらに来たランボが、先に戻らなければならないようだ。後先考えずにランボは赤ん坊のぷにっとした口に口づけた。そして、ぐん!と体を引っ張られて目を閉じた。

白い煙が消えたときには"自分の時代"に戻っていた。ルポの姿は無かったが、絨毯には狼の流血の跡が残っていた。どこからルポが現れてもいいようにボスの右腕に連絡をして、自分も銃の点検をした。"10年前"で逢って、更に10年前へと消えたリボーンが気になったが、今自分ができることは迎撃態勢を整えることだと無理矢理割り切った。
16の自分が"ここ"に飛ばされ、今の自分が戻った。ここで5分。ということは、と、腕時計を見て計算をする。
「後、1分内に」
言い終わらないうちに白い煙が何もないところから湧き出した。
「戻ってくるぞ!」
数人の精鋭が煙の周りを取り囲んだ。騒動が始まった時、ここにいたのはランボとリボーン、ルポと狼だけだった。狼はリボーンと一緒に"20年前"に飛んでいるから、この煙はルポ一人の筈。
果たして、人影は一つということを認識したランボは同時に痛ましいことを思いつく。
ルポは10年後自分が存在しないことを知ってしまったんじゃないだろうか?証拠に、この5分間、"未来のルポ"はいなかった。
投げ出されるように中空からはき出されたルポは血の気を無くした青白い顔をしていた。
「ランボ、こいつだな!」
「Si. でも手荒に扱わないで」
「この様子なら大丈夫だろう」
ルポは戻った時と同じ四つんばいでがたがたと震えている。未来を知ってしまったのか、飛ばされた事象によるものか。いずれにせよ、ショックが相当大きいらしく震える体を止めることはできないようだった。見かねたランボはルポの傍らに膝をつく。
「昔、言われたことがある。自分が"今"どう選択するかで未来は無限に変わる、と」
ようやく見上げたルポの肩を軽く叩いて、身柄を拘束させる。
さて、問題はリボーンだ。とっくに、二回分の5分は過ぎている。既に、ここに戻ってきていいはずだ。そしてルポと同じく、ここにいる筈の"10年前"のリボーンも現れなかった。腕時計を見続けても状況は変わらないが、とにかくランボは時計から目が離せなかった。
意識し始めたらら秒針が動く音まで聞こえそうだった。もしかしたら…と苦いものを飲み込んだ時だった。

ようやく白い煙が湧き始めた。
やがて現れたのは"現代の"リボーンと狼だった。
「おかえり!!リボーン!!」
公衆ということを忘れてリボーンを抱きしめて口づける。リボーンもごく自然にランボの背中を抱き、深く口づけた。その足下で狼が周囲を威嚇していたが、何かを見つけたのか、暗い道をみつめた。リボーンが気付いて何事か話しかける。
「ランボ、ルポは?」
「別の場所に隔離したよ」
「こいつも連れてってやれ。ルポの傍にいるのが宿命なんだと」
ランボは傍の側近に早口で伝えると、狼は一人の男に連れられて歩いていった。
ランボ達もいつまでも屋敷の中にいるわけにも行かず、早々に撤収することにした。バズーカを仕舞おうとリボーンに鍵を貰おうとした。
「リボーン、鍵は?」
リボーンは、ふ、と意味深な笑いを浮かべた。
「今頃はたぶん日本だ。ママンが持ってるぞ」
「どういうこと?」

リボーンの様子はこうだった。
入れ替わったランボが持つ十年バズーカで、ルポを今から"10年後"に飛ばさせた。そしたら、今度は自分と狼が(10年前に飛ばされたランボによって)"10年前"と入れ替わさせられた。ランボの目の前で喰われそうになったところ、ランボから預かったバズーカで撃つと、更に"10年前"に飛んでしまった。そこはリボーンにとっては馴染みの並盛だったが、狼はイタリアですらないことに気付いて思わず怯んだ。そこに付け込んで、ひとまず手を組んだ。
並盛は満月だった。
ランボの話を思い出したリボーンは、沢田家に行ったところランボが行方不明になっていた、というわけだった。

「その時点で5分たっていたから、こっちに戻れねぇ可能性があったので、未来(いま)に繋がるのはおまえしかいねーから"鍵"はおまえに渡したぞ」
リボーンは飄々と言うが、自分が渡したバズーカが原因でリボーンは二度と"ここ(いま)"には戻って来れなかったかもしれないなんて。
ランボは力強くリボーンを抱きしめた。こみ上げる涙を止められなくてリボーンの肩口に強く顔をおしつけると、ふわと甘い香りがした。
−−この人だ。
音や香り。形の無いものが記憶を刺激して忘れていたことを思い出すことはよくある。今のリボーンの香りはまさに、20年前のあの人だった。満月の灯りで陰になった顔はよくわからなかったけれども、この甘い香りは、狼に乗って、自分を助けてくれた人は。

「ありがとう、リボーン」

ドン・ボヴィーノに事件の概略を説明すると共に十年バズーカの封印を提案して退去した。
リボーンの車内にもリボーンと同じ、甘い匂いが漂っていた。こちらは丑三つ時だが、まだ並盛はまだ夕方だった。懐かしい奈々と電話をすると、確かにランボがもらった鍵は預かっている、ということだった。今度日本に行くときまで預かってもらうことにする。電話を切る際に奈々の「ランボちゃん、お誕生日おめでとう。帰ってきた時にケーキを焼いてあげるわね」という弾んだ声はランボの郷愁心をくすぐった。
帰路、二人は何も話さなかった。往路の静けさとは違う、見えない暖かいものが甘い香りとなって空間を満たしているようだった。

「誕生日、おめでとうだぞ」
リボーンが置いていった大きな薔薇の花束のせいで、部屋の中は濃厚な薔薇の香りに溢れていた。これはなんの為に、と聞こうと振り返るランボに、リボーンはそう言い放った。
体中が薔薇の香りに変わりそうなほどの香りの中、ランボは押し倒されて熱いキスを受けた。
「一つ聞いていいか?なんで"10年後"だったんだ?」
「10年後もそばにいると知っていたからな」
ただ、その自分はこのことを知らなかったから、現れることができなかった。まあ、現れるどころか、年柄年中一緒にいたけどな。
「たった10分ぐらいの約束が10年を通り越して、20年越しになるなんて、なんだか俺達らしいな」
「全くだ」
もうそれ以上のおしゃべりはおしまい、というようにリボーンの唇がランボの口を塞ぐ。そう、これ以上は二人だけの、時間。

「Buon compleanno. Mi passerotto.」
(誕生日おめでとう、オレのかわいいひと)






ランボさんハピバ!2008
大人リボランができあがっているので、ちょっとリボ様には不似合いな嫉妬っぽいの(でも、自分だったじゃん)とか、ボヴィーノで仕切っちゃうランボさん(でも、待機しただけ)とかを書きたかったのでした。この後は薔薇の上でいたしちゃえばいいんだよ。ちょっと棘が痛いんだけどリボーンとか言っちゃえばいいんだよ。だい。/20080528






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