転寝する場所の礼儀



午後の執務も一区切りついたところでの、ツナの「休憩しようか」の一言で獄寺は書類を整理する手を止めた。
「獄寺くんも一服してきなよ。」
「あ、いえ、大丈夫ですよ。」
「気を使って僕の前では吸わないでしょ。いいから行ってきなよ。ついでにコーヒーを頼んできてくれるかな?」
獄寺は、ツナの穏やかな笑顔に押されるように部屋を出た。

中庭に出ると、高い青空に太陽が眩しい。乾燥している空気のためか、日陰に入ると爽やかな風を感じて心地よかった。広大なボンゴレの屋敷には、いくつかの中庭があったが、獄寺が出てきたのはその中でも一番広いものだった。所々に背の高い木を配しながら、背の低い木と美しい花壇によってちょっとした小路や小さい噴水も設えてある。
獄寺は中庭の小路を歩き、休憩の場所にしている噴水へと向かっていた。そこにあるベンチは、背の高いナツメヤシと程よく茂ったオリーブの木の陰で、屋敷のどの窓からも程よく隠れているのだ。獄寺は時折そこで煙草を吸っていた。煙草を取り出しながら歩いていると、ほどなく水音が聞こえてくる。
オリーブの茂みの向こうを覗き込んだ瞬間、獄寺は思わず足を止めた。
「…コーヒー。」
「は?」
「飲みたい。」
目的のベンチには、スーツの上着を脱いだ雲雀が長々と寝そべっていた。人の気配に敏感な雲雀は、獄寺が顔を覗かせたときには目を開けていたが、昼寝をしていたのは一目瞭然である。
雲の守護者である雲雀は、その名の通り気まぐれで神出鬼没だ。屋敷にある自室にいる事は稀で、ほとんど広いボンゴレの敷地内でどこにいるのかは知られていないのである。抗争があるときは、必ず顔を出すのは流石といえるかもしれない。
いきなり何を言い出すのかと雲雀を見返すと、じっと見つめる雲雀の目線は、獄寺は自分の左手に握った白いマグカップに注がれていた。これは、先程ツナへのコーヒーを頼みに厨房に寄った時、貰ったものだった。冷めないようにとの配慮からか、肉厚のマグカップに淹れられたコーヒーはまだ湯気をたてている。
「あぁ…やるよ。」
「いいのかい?」
すぐに手を出すかと思いきや、身体を起こすと珍しく雲雀がそう聞いてきた。驚きに少し目を瞠ったが、獄寺は何も言わずにカップを差し出した。
「どっちかつーと、俺は煙草の方がいいから。」
そう言って煙草を取り出した獄寺から、雲雀はおとなしくカップを受け取った。
何となくそこを離れるタイミングを逃した獄寺は、雲雀の座ったベンチの前で煙草の煙を吐き出した。コーヒーの香ばしい芳香と薄い煙が混じる。
「…起こして悪かったな。次は違う場所へ行く。」
「別に。僕も違う場所があるからかまわない。」
二人はそれきり何も話そうとはせず、獄寺が煙草を1本吸い終わる間に雲雀はコーヒーを飲みつづけていた。
そして、獄寺が吸殻を携帯灰皿に入れた瞬間――
「!!」
二人は同時に南側の屋敷の屋上を振り返った。丁度太陽が差し掛かった方向だったので、瞳の色素の薄い獄寺は一瞬何がいたのかはわからなかったが、確かに人の放つ‘気’を感じたのだ。
隣に立っている雲雀は不機嫌そうに眉を寄せると、小さく舌打ちをした。
「…銃、貸して。」
その様子を見て、獄寺は誰が屋上にいたのかわかってしまった。そういえば、午後は屋上に新しいセンサーをつける打ち合わせをするとか言っていたような気がする。それから、午後の来客の予定もあった。
獄寺は黙って腰の後ろから拳銃を取り出し、雲雀に手渡した。雲雀は黙って拳銃を構えると、屋上の端ギリギリを狙って1発撃ち込んだ。何かがショートする火花が見えた。
程なく、屋上の端から4本の手が見えて、山本と何故かディーノが顔を出した。二人ともホールドアップをしながら笑っている。
獄寺と雲雀は揃って舌打ちをしていた。

「10代目、遅くなりました。」
慌てながら顔を出した獄寺を、窓の傍に立っていたツナは笑顔で迎えた。あの後、雲雀は拳銃を獄寺に返すと、黙ってまたどこかへと行ってしまった。空になったコーヒーカップと一緒に残された獄寺は、それを厨房に返してから戻ってきたのだ。
「大丈夫だよ。コーヒーありがとう。」
「いえ!」
窓を離れて、ツナは自分のデスクへ戻る。
「そういえば1発、銃声が聞こえたみたいだけど?」
「そ、そうですか?」
「センサーを新しくするとかいっていたから、丁度よかったかもね。」
ニコニコと笑っているツナは要注意だ。獄寺は背中に冷や汗が落ちるのを感じていた。
「ああでも、獄寺くん…」
ツナの言葉を遮るようにノックの音がして、メイドが香り高いコーヒーを運んできた。
「コーヒー飲み損ねたんでしょ?」
全部、お見通しだったツナに、獄寺は引きつった笑いを返すだけだった。






個人的に、この二人は意外に仲良くやっていけるんじゃないかとおもっています(笑。/つねみ






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