エンゲージ



パーティーの開始時刻まであと半刻…ここまで滞りなく進行し、後は招待客と本日の主役を待つのみとなった会場を見渡して、獄寺は安堵のため息をついた。
日本と比べてからりとした空気の、晴天の多いこの地でも珍しい程の澄み切った空の下、萌え立つような緑の芝生に真っ白いテーブルクロスが揺れる。よく磨かれたシルバーのカラトリーとグラスが繊細な光を放ち、今朝屋敷の薔薇園から摘み取ってきたばかりの薔薇が彩りを添えて、獄寺が愛して病まない10代目の就任式は、簡素ながらも美しく印象的なセッティングとなった。

「みんなも、お披露目だから」と、知らない内に手配されていた揃いのブラックスーツが、今日の守護者のドレスコードだった。守護者ではない筈のビアンキやハルの分まで用意されていたのには驚いたが、10代目にとっては守護者もそうでない者も等しくファミリーに違いない、という事なのだろう。
雲雀辺りなんぞは就任式に顔を出すかさえ怪しい…と思われたが、10代目の説得に珍しく素直に応じたらしく、先刻招待客の1人であるディーノと一緒に顔を見せた時も、ブラックスーツを身に纏いおとなしくしていたのだ。
露骨に怪訝な顔をする獄寺に、「ツナが直接雲雀を説得したんだけどさ…あいつも成長したよな」流石10代目、とディーノが耳打ちし、その時の状況を思い出したのか、にやりと片頬を歪めてみせた。

ならば、守護者は守護者らしく…と、普段はチェーンを通して首から下げているリングを指にしてみたのだが…。
「…ったく。ガタイ、デカすぎなんだよ…」
指輪をはめた左手を目の前に掲げ、一人ごちると、
「誰がデカいって?」
「…っ!な、なんでもねーよっ」
急に聞こえた声に慌てて左手をポケットに突っ込みつつ振り返ると、同じくブラックスーツに身を包んだ山本が立っていた。その手には既に中身を満たしたリーデルのグラスがあり、淡い琥珀の水面が小さく揺れてふんわりと花のような芳香を放っている。
「おい、肝心な時に酔っ払ってんじゃねえぞ?」
「このぐらいで酔っ払ったりしねえよ。毒見、毒見」
お前も飲むか?とグラスを差し出すその指にしっくり収まっている守護者のリングを見て、面白くない気分で山本のジャケットの胸ポケットの辺りを拳でひとつ小突く…ハリのある生地越しに感じる硬い感触に、ほんの一瞬動きを止めた獄寺が山本を仰ぎ見ると、グラスを傾けながら悪戯を見咎められた子供のような、幼子の癇癪を宥める大人のような曖昧な笑みを浮かべた。

今日の招待客の中には、国内のみならず各国からの要人達が名を連ねている…守るべき対象は、10代目ばかりではないのだ。
警備網は幾重にも張り巡らされて、その中心となる屋敷のセキュリティレベルはSクラス。その責任者が山本だった。勿論、リボーンやコロネロといった実戦部隊の下支えがあってこそだが、実戦経験が少ない割には戦術に対する理解力と判断力が高く、リボーンさえも「意外だったな」と教え子の成長ぶりに満足げだった…本人に言わせれば、「んー?野球でゲーム慣れしてっからじゃねえの?」という事らしいが。
警備の連中にもすっかり打ち解けているようで、打ち合わせの合間に楽しそうに談笑している姿を眺めては、僅かばかりの嫉妬と焦燥に、仲間としてどこか誇らしく思う気持ちもひとつ。
そして、マフィアの世界で生まれ育った獄寺と違い、日本で「普通」に育った筈の山本が常に危険と隣り合わせの世界にいる事への違和感もひとつ…今更ソレを「不安」なんて言葉で言い表したくなかった。

「ツナは?」
「ああ、今支度して…お前、その呼び方はもう止めろって言ってんだろ!」
「お前だから大丈夫だろ?…で、気になってんだけど?」
何が?と言い返す間もなく、ポケットに突っ込んでた左手を引っ張り出された。
「おいっ!?離せっ!」
「…何で親指にしてんだ?」
力いっぱい振り払おうとするも、山本の手は緩む事がない。足払いをかけようとして逆に軸足を奪われてしまい、柔らかい芝生の上に仰向けに転倒した。
それでも、山本は獄寺の腕を離さなかった。動作の支点になる関節を片手と膝頭だけで的確に押さえ込まれてしまい、身動きは出来ても体を起こす事が出来ない。
「…っくしょうっ!離せよ、この馬鹿っ!」
「んー、質問に答えてくれたら、な」
真っ赤な顔で噛み付く獄寺の罵声を笑顔でやんわりと受け流し、初めて目にするような物珍しげな瞳でまじまじと獄寺のリングとその指1本1本を眺めていた。
「怪我、してる訳じゃないな」
ぽつりと呟いたその瞳が安堵するように僅かに和らぐのを見て獄寺が言葉を詰まらせている間に、腕を引っ張られ立ち上がらせられる。背中についた芝生を掃う手の労わるような感触に、俄かに高揚していた感情が少しずつ治まるのを感じていた。

無くせないもの、守りたいものがある以上、失う不安も常に付き纏う…それでも、ついて行くと決めたのは自分。ならば、決して手を放さない、守り抜いてみせるだけだ。
誰も多分、思う事は同じ。このリングに恥じる事など、何ひとつない。

髪にもついてる、と笑いながら芝生を摘み上げる山本の目の前に、左拳を突き上げた。
「…他の指にしようと思ったら、緩くてどーしよーもなかったんだよ」
言われている事の意味が掴めずに、山本が「は?」と聞き返すと、
「何でお前はフツーに出来てんだよ!?オレのだけサイズでかいんじゃねえのかっ!?」
山本の手を掴み、その指に収まっているリングを強引に外すと、獄寺は自分の同じ指に嵌めた…第二関節に引っかかりもしないどころか指の付け根でぐるりと回るリングに、山本も漸く納得したように呟いた。
「しょーがねーだろ?お前の指、細いんだから」
獄寺の手を取り、恭しくリングを外す…かと思ったその指が、薬指の第二関節の辺りを擦った。
「…9号?」
「んな訳ねえだろっ!」
触っただけで指輪のサイズなんか判るのかよ?と突っ込みつつも、採寸せずともサイズがぴったり合っていた帽子を思い出し、そんな事もあるのか?と思い直してみたりしていると、リングを取り返した山本が、今度は自分の薬指の第二関節を触って、ふんふんと納得したように頷いていた。
「安心しろ。オレはサイズ間違えないからな」
「…は?」
邪気の無い満面の笑顔で告げられた言葉の意味が理解出来ずに首を傾げる獄寺を尻目に、芝生の上に転がっていたグラスを拾い上げて、山本は警備の最終チェックをすべく近寄ってきたリボーンとコロネロに手を振って答えていた。






もしも、10代目就任式があったら…で、うっかりもっさん暴走(笑)
守護者のリングについてのあれこれは、目をつぶって下さい(汗)/わんこ






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