自転車に乗って



 事の始まりは山本が自転車をみつけたことだった。ランボは山本の舎弟みたいに後をくっついていたから後ろに乗ることは自明の理で。
「わぁぁぁぁぁぁ!!」
 歓声かと思ったドン・ボヴィーノがカーテンの隙間から庭を見ると、ランボは叫び声の破片だけを残して視界から消えた。
「大丈夫かね?」
「ヤマモトがついているから大丈夫でしょう」
 ドン・ボヴィーノは孫のようなランボがなつく山本を無条件に信用していたから、右腕の言葉に納得して書類に目を戻した。
 一方、ボンゴレはおろかボヴィーノまでも、その屈託のない笑顔で掌中に納めていたボンゴレ雨の守護者は現在、全力で立ち漕ぎをしながら坂を下りていた。
「ヤヤヤヤヤママママママモモモモモモトトトトト!!!!!」
 舗装されていない坂道はランボにまともにしゃべらせてくれない。山本は全く気にせず、更にぐんとペダルを踏んだ。なにせブレーキは壊れているので止まりようがないのだ。だったら進むしかないだろ?と笑う山本の笑顔はランボにはただの鬼の笑顔に見えた。
「広いなぁ、ランボんちは。これこのまま海なんだっけ?」
 山本にしがみつきたくても、立って漕ぐ人間の腰は掴むことができない。仕方なくランボは山本が腰を下ろさないサドルを必死で掴んでいた。へっぴり腰が安定しないことこの上ない。おまけにガクガクと上下に揺れるから下手にしゃべると舌を噛みそうで、ランボは早々に話すことを放棄した。
「ランボー、これブレーキだけじゃなくって、車輪も外れそうだぜ」
 なんて、不穏なことを笑いながら言わないで欲しい!!恐怖からかジェットコースターのように加速したように感じた。髪の毛も見える物もなにもかもが全部後ろに流れ、びゅんびゅんと風を切る。
 このまままっすぐ降りると海だと知っているランボは、砂浜で暴走自転車が止まるだろうと、それでも楽観的だった。
が、周りの風景でプライベートビーチに繋がっているのは別の道で、こっちはポートへと下りる道だ!と思い出した。
「このさき!みなと!」
 ランボがなんとか言葉を叫べた時には、山本の視界にそれは入っていた。ボートやヨットのメンテナンスをする使用人達が驚いて道を開けていく。後少し、というところで二人分の重さとスピードについていけなくなった車輪がついに外れた。
「ランボ!!」
 山本は振り返ってランボの胴を担ぎ上げると、自転車を蹴ってそのまま海へときれいな放物線を描いた。
 呼ばれるまま山本に抱きついたランボは、太陽をまともに正面から見て瞬間視力を無くして、目をつむったまま海へとダイブした。ゴボゴボと空気が沈む音がして一度、深く沈むけれど、山本にしがみついていたから怖くなかった。山本が力強く水を掻くのがわかる。浮上してぷはぁっと酸素をとりこむと、一番最初に入道雲と真っ青な空が目に入った。
「面白かったなー!」
 しがみついていた山本はランボを片手で抱いたまま岸壁へと泳いだ。岸壁では使用人達がわらわらと集まってくる。誰もがランボを心配した顔をしている。その中で、山本だけが快活に笑っていた。いつもだったら怒られる、と考えるところだけど、山本と一緒なら確かに「面白かった」かもしれない。と、先ほどまでの恐怖を忘れてランボはつられて、笑った。






自転車に乗って from 「空を見上げる場所での10のお題」

まさに一筆書きの如く。無理無茶無謀を体現してくれる山本と子供ランボが揃ったらこういう話でしょう!とばかりに、ぐいぐい書きました。最後、かっこいいところを持っていってくれる山本につられて、きっと周りの大人も笑ってくれる…わけないなぁ。カーテンの隙間からランボを覗く辺りの部分が気に入っています。 だい。






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