家族ゲーム ――いたたまれない、っつーのは、こーゆー事なんでしょーか…。 その朝、ボンゴレ10代目沢田綱吉は「朝ご飯は皆で一緒に食べる事」というルールを決めた過去の己を心から悔やんだ。 リボーンがやってくるまではごくごく普通の中学生の、至極一般的(?)な父親不在の家庭だった筈の沢田家は、いつの間にか苗字も国籍も年齢層もてんでばらばらな家族構成の大所帯となっていた。 それでもひとつ屋根の下、一緒に暮らしていられたのは、皆でテーブルを囲んで母親の作るご飯を食べていたおかげだと信じていたから、生まれ育った土地を離れて新しい生活を始めるにあたって、自分の新しい「家」となる広大な屋敷で生活する人達に「朝ご飯ぐらいは一緒に食べましょう」と提案したのだ。 勿論、住み込みの使用人達からは思い切り恐縮され苦笑混じりに辞退されてしまったのだが、9代目は快く了承してくれたから、それ以来どんなに眠くても疲れていても決められた時間に起きて、9代目と一緒に食べる朝食が綱吉の日課となっていた。 だから、復讐者から解放された骸がボンゴレ屋敷で生活するようになって、毎朝「おはよう」と顔を合わせて他愛もない話をしながら朝食を取って、「ご馳走様」に続いて「いってきます」とメイド達に告げてそれぞれの執務室に向かう事も、綱吉にとっては何て事もない、当たり前の事になっていた……筈、なのだが。 「おはようございます…ああ、今朝は和食なんですね」 俯き加減で玉子焼きにかぶりついていた綱吉は、いつもの定位置である綱吉の斜め前に座る骸の顔を見ないまま、不明瞭な声で「おはよ…」ともごもごと呟いた。 席に着いたと同時に真っ白いご飯と味噌汁を持ってきたメイドを見上げて「有難うございます」と笑いかけると、ちゃんと手を合わせて「いただきます」と一礼する…その所作は給仕するメイド達の目にはいたく好ましく映ったらしく、ボスしからぬ腰の低さを誇る当代ボスと並んで、古参の使用人達から年若いメイド達まで日本贔屓を増やす一因となっていた。 「昨日までの報告書は午前中に上げる予定ですが…何時ぐらいなら在室ですか?」 「…うん…多分、十一時ぐらいなら、大丈夫、だと思う…」 「判りました…ああ、今日のスケジュールをまだ確認していないのですが、確か昼は会食が入っていましたよね?早めに伺うようにしますから」 「ん…そうして」 朝食を取りながらその日一日の予定を確認しあうのもいつもの事だったし、出張でしばらく屋敷を空けた綱吉が帰ってきた翌朝などは、不在時の屋敷の様子を聞いたり、出先で起こった事を報告したり…と話題が尽きる事もなかった筈なのだが。 ――いつの間にソレが「当たり前」になってたんだよ…。 ボンゴレからも守護者の責からも解放するつもりでわざわざ単独出張をお膳立てしたというのに、何食わぬ顔で綱吉の元へ戻ってきた骸を出迎えた翌朝。 頬に触れる硬い生地の感触とひんやりと背中を撫でる空気に「ああ、また布団に入らないでスーツのまま寝ちゃったか…」と朝から気落ちしつつも瞼はまだ開かなかったから、もう少しだけ…と惰眠を貪るべく目の前のぬくもりをぎゅっと引き寄せた、その時、 「…おはようございます」 布団だと思って擦り寄ったカタマリは、いつも聞き慣れたそれより幾分掠れた声を発して…一気に覚醒へと導かれた綱吉はソレを思い切りベッドの下に蹴飛ばすと、本物の布団の中に頭から潜り込んだのだった。 それからまだ一時間と経っていない上に無駄に反芻してしまっていたから、余計に記憶は鮮明になるばかりで…毎朝のように無意識に繰り返されてきたコトバひとつ、意識してしまえばこんなにも胸掻き乱すものだとは知らなかった。 ――気にし過ぎ!オレが意識し過ぎてるだけだからっ! 油断しているとすぐ朱が上ってしまう頬を隠すようにずっと俯いたままで、納豆を混ぜる手にもやけに力がこもりがちだった。 「混ぜすぎじゃないですか?」 「…っ、よく混ぜた方が健康に良いんだよっ」 昔、母親から聞かされたアテにならない薀蓄を咄嗟に披露すると、骸はふむ、と小さく呟いて納豆鉢を手に取った。 にちゃにちゃにちゃにちゃにちゃにちゃ 二人揃って無言で納豆をかき混ぜ続けるテーブルの上、糸を引く納豆が立てる粘着質の音だけが小さく響く。ちらり、と横目で骸の方を伺うと、納豆鉢を真顔で覗き込みながら手本にしたいぐらい綺麗な手つきで箸を掻き回していた。 恐らく、先に始めた綱吉が止めるまではかき混ぜ続ける気だろう…それが故意ならばこちらもムキになるところだが、本気で他意のないのが判るぐらいにはこの一見判り辛い男を知ってしまっていたから、綱吉は黙ってとろとろに糸の引いた納豆をご飯の上にひっくり返した。 「そう言えば…外出先では何を食べているんですか?」 箸を持ち上げて糸の引き具合を見ているのか僅かに首を傾げながら骸が問いかけた言葉に、納豆を口いっぱいに頬張っていたから返事が遅れた。口元をもごもごさせながら記憶を辿るが、大抵は宿泊先のホテルか接待である。特に何を、と意識した事もなかった。 「この数日、ここ以外で一人で食事を取るのが久し振りだったんです…自分はどうやって食事をしていたのか、思い出せなくて困りました」 そう呟いて納豆をご飯茶碗に移す骸の横顔を、今度こそ顔を上げてまじまじと見つめた。 「…それで、結局何食べてたんだ?」 綱吉の疑問に箸を持つ手を止めてしばらく考え込むように黙ると、 「多分、ホテルの近くの屋台か何かだったかと思いますが…どこで何を食べたか、あまり覚えていませんね」 ほんの数日前なのに、記憶がおぼろな事に何の疑問も感じていないような口調であっさり呟いて、納豆を口に運んだ。 ここに来る前、のその前。 イタリアから日本にやってくる、更にその前から、ずっとずっと骸は彼らと一緒だった。 その頃の話を本人から直接聞いた事はないけれど…どこにいても、どんな状況であっても、きっといつでも一緒にいて、眠って起きて、こんな風に食事をしていたのだろう。 それはまるで、家族のように。 自分が、ずっと、そうしてきたように。 「……正式契約は来月だったよな?」 食後のお茶を啜りながら仕事の話を始める綱吉に、食事前と同じように手を合わせて「ご馳走様」と呟いた骸が顔を向けて頷くと、 「今度はオレも行くから…お前が行った屋台に連れてけよ」 「貴方が、ですか?…そう珍しいものでも美味しいものでもなかったと思いますよ?」 「いーから、連れてけって」 乱暴な口調で言い放ってお茶を飲み干すと、「判りました」と苦笑交じりで応じる骸に心の中で投げつけた。 ――しょーがないから、教えてやるよ。 一人で食べるどんなご馳走よりも、誰かと一緒に食べる食事はそれだけで温かく優しく美味しいものだと。 「さーて、今日も働いてくるか」 連日の激務を思うと些か気も重くなるが、ここ数日のまとわりつくような疲労感と鬱屈は何故か消えていた。 ――目覚めは最悪だったけどな。 思い出して再び赤くなる顔を誤魔化すように椅子の背凭れにかけていたジャケットをばさりと広げて羽織ると、食事が終わるタイミングを見計らって部屋に入ってきたメイドの一人が何事かを骸に耳打ちした。それに笑顔で応える骸のシャツの袖を引っ張って無言で問いかけると、内緒事を打ち明けるように顔を寄せてきた。 「久し振りの晩御飯なので、リクエストを聞かれたんです。今日はハンバーグにしてもらいました…好きでしょう?」 「…っ、好きだよっ」 この距離では流石に耳まで赤く染まった顔を誤魔化す事も叶わず、ヤケ気味に吐き出した言葉に満足気に微笑んだ骸をひと睨みすると、ニ人揃って扉の前で振り返り、テーブルの後片付けを始めた勤勉なメイド達に向けて声を上げた。 「いってきます!」 骸はツナに色んな事を教えてもらえば良いと思います!/わんこ |