Forza! abbracciarci!! 綱吉は自分の叫び声が聞こえたような気がして足を止めた。目の前にはヴァイオリンの製造過程。振り向くと骸は背後で違う展示物を見ていた。 「骸。ダヴィンチって」 「楽器は作っていませんよ。これは、ガリレオ・ガリレイですね」 同じ会話をしたような気がするけれど、これはデジャ・ヴュというものだろうか。綱吉は頭を傾げながら歩を進める。 「ボス。お茶していきません?」 ルートから外れたところにある小さなバールを指し示していた。 「奢って」 「いいですよ」 骸は涼しげに笑った。 綱吉は昼間のことを夢だと思うことにした。骸もそれらしきことは何一つ言わなかった。自分の直感とやらが見せた何かなんだろうと深く考えないことにした。夜も昨夜とは同盟ファミリーのボス達との会食でどっと疲れてふらふらで帰り着き、同じように骸の世話になった。 そして迎えの車を待つだけ、となった早朝。準備が整った綱吉は部屋の電気を消して窓から外を眺めていた。排気ガスで溢れているけれど、昔から活気のあったこの街はボンゴレの所在する島と違って日本を思い出させた。並盛は東京の端っこだから本当の都会は知らないけれども。 ふと辺りの気配が変わった気がした。一昨日一度感じた、空間がずれるような違和感。 「ボス、そろそろ」 振り向くと骸が綱吉のコートを手に入り口にいた。 「“力”は使うなって」 「これぐらいなら誰にもわかりませんよ」 やっぱり、骸と一緒だったんだ。 綱吉は少しだけ口角を上げた。 「おまえ、体動かさなかったのによくここまでデカくなったよなぁ」 嫌みに微笑で応え綱吉のコートの両肩を持ってまず左腕を通させ、窮屈に思わせるタイミングの前に右腕を通させると襟元を綱吉の動きに合わせて前方へと動かし、完全に着させた後、そのまま両腕を綱吉の体へと回した。綱吉にとってはふんわりとコートを着せられ戸惑う暇もなく後ろから抱きしめられる。ひどく側に骸の体温と呼吸を感じる。今まで触れてこなかった癖にこんな急にと思う前に、そのことに心臓を一跳ね、させた。 「あんなに動いているあなたがこの大きさで良かったです」 ――こうやれますから。 「…ちょっと」 じたばたと暴れる綱吉の耳を軽く甘く噛む。赤くなったそこは常より熱く、綱吉が生きているという証だった。長い時をヴィンディチェの牢獄で過ごした骸は人肌に弱く、特に綱吉の発する体温の前では密かに抗うことができなかった。オーラとは違う生命力の揺らぎが骸の目にははっきり見えた。普段の明瞭な暖かい色が時に激しい炎に、時に清い水のように刻々と変わるそれをうっとりと眺めては「キモイ」と嫌がられている。それでも「ボンゴレは飽きませんね」とまるで人事のように呟いては、また綱吉から「気持ち悪いからホント止めて」と拒絶されて笑ってしまう。 こんな寒い日はそのあたたかさを現実に感じたくなってしまう。おまけに今は自分達以外の目が無いところだから尚更。辛抱強いタチだと自認しているが、心がふとほどけた時はどうしようもない。手を伸ばすところにあるなら尚更。たぐり寄せ、抱きしめて、自分の腕の中に閉じ込めてしまう。髪をくすぐるように鼻を寄せ、残らない口づけを落としていく。 急に綱吉は骸の力に抗い、反転すると胸元を掴み上げた。 「おまえばかり我慢していると思うな」 頭半分ぐらい低い綱吉に突き上げられ思わず両手を離す。怒りすら含む声に面白げに眼をしならせる。 「自惚れてしまいそうです」 「ばかやろう」 グレーのスーツに差し色として骸が選んだ薄い紫のネクタイのノッドが綱吉の手で崩される。引き寄せられ、噛み付くように唇が重なる。初めてのくちづけに驚きつつも、ここは目を閉じるのがマナーですね、とオッド・アイの双眸を閉じる。それでも目の裏に綱吉からの光が瞬く。高く作り上げた壁を崩すように溢れる光の奔流が注ぎ込まれる。僅かばかり身を離し、酸素を吸った後はまた唇を重ね合う。ただ、重ねるだけのストイックなキスなのに心から満たされて蕩けそうで立っていられなくなる。綱吉から抱き寄せられて、珍しく上気する頬を両手で包まれる。成人して幾分たくましくなった胸板や上腕筋の力強さを服越しでも生々しく感じて目眩がする。自分はこんなにも現実的なものに弱い。重なり続ける唇だけがどんどん熱くなっていく。ハァ、と呼吸をむさぼる間も離れようとしない。誰にも告げられない関係だから、明かさない関係だからこういう瞬間の密度は必然的に濃くなる。気持ちが表面張力を破ることが滅多にない骸から手を差し伸べることはない。その分、決壊した気持ちは止められない。いつしかお互い膝立ちになっていたが口づけは止まることは無かった。 むくろ、と囁かれて抱きしめられる。だから骸も名前を呼んで抱きしめ返す。雄の本能として全てを暴きたい衝動もあるけれど、こうやってこの熱いかたまりを抱きしめるだけで満たされる。そんな気がした。沢田綱吉だけが永久の輪廻の中で己を立ち止まらせる存在。であれば今焦ることはない、たとえ体が朽ちても輪廻の中でこの精神を見失うことは無いだろうと時間軸の考えにふける骸のまぶたを綱吉は舐めた。その新鮮な感触に驚かされて目を開く。 「違うこと考えていただろう」 「…貴方に隠し事はできませんね」 「お前は俺の事だけ考えればいいんだ」 「おや、家庭教師に似てきましたね」 くす、と笑う口元を綱吉は自らの唇で閉じさせる。まるで自分の名前以外は聞きたくないともとれる子供のような行為に骸は笑みを刻んで綱吉の背中に両手を回した。 「綱吉。僕はいつか貴方の元を離れるかもしれません」 「お前がおとなしくしている方が怖い」 「その時が来ても貴方を裏切ったとは考えないでくださいね」 「裏切ってもいいよ」 ――悪ぶった言葉とは裏腹の、潤む大きな眸を裏切られる非情さをまだ持っていたならば。 骸は綱吉に逢うまでの自分を輪廻の彼方に置いて来てしまった。この暖かい魂を知ってしまった今、離れられるわけがない。 「それまではこうやって抱かせてください」 綱吉も骸の背中に手を回す。 人の世は永遠の輪廻の一部。次の邂逅のチャンスは広大な砂浜の一粒の砂よりも小さい。だから、無くしたくない人が隣にいるならば、Forza! Abbracciarci!! そして、抱きしめた腕が描く輪廻の中に閉じ込めてしまおう。 この一瞬が永遠に繋がるように。 わんこさん、誕生日おめでとー!(遅!!) Forza Abbracciarci!!とはさぁ、抱き合おう!という意味だといいです。十年後むっくの素晴らしいファッソンセンスと超ツナ様萌え、ということで。だい。/080428 |